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教訓のある寓話:子馬のフィリー

MP3: Fortifying Fables: Filippa the Filly (English)
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教訓のある寓話:子馬のフィリー

願いをかなえることについて

 「一体どうしたら、このじゃじゃ馬を囲いに入れられるんですかい、ヴェルダデロ様?」

 長い金色のたてがみをなびかせながら、美しい白い子馬のフィリーは、こんな会話を耳にした。厩務員が、フィリーの騎手である30代前半で背の高い黒ひげの主人、フィエル・ヴェルダデロにたずねていたのだ。

 「何か問題でも?」と、主人は言った。

 「ごらんになりませんでしたか? 私達が来ると、フィリーは柵に突進して行っては、後ろ足で立ち上がり、前足を振りかざして威嚇するんです。全く、おそろしいもんだ。」

 「しっかり慣らして下さいよ。」

 「旦那様。言うのは簡単ですが、この子は気難しいんです。夜、厩舎に入れてブラッシングする時でさえ、不機嫌だ。何とかなだめてくれませんかねえ?」

 「私には問題ないんですがねえ。よく言うことを聞きますよ。」と、フィエルが言った。

 「その通り、この子が背中に乗らせてくれるのは、旦那様だけです。どうか、私達の言うことを聞くようにして下さい。ちっとも敬意を払ってくれないんですよ。」

 「すまないけれど、敬意とは、獲得しなければならないものです。」 静かにそう言い残して、フィエルは出て行った。

 フィリーは、全くもって不機嫌だった! 見下すように周りを見回しては、ほこりっぽい地面を蹄で引っかいた。フィリーにしてみれば、柵はせま過ぎ、厩舎の中でつながれるのは、更にきゅうくつだった。

 (囲いにちょっとでもすきまがあったら、すぐさま脱出してみせるわ。そして、山々をあちこち歩き回るの。そしていつか、あそこも登ってみたいわ。) 彼方に見える、雪をかぶった山々を物欲しげにながめながら、フィリーは思った。

 「フィリー、今日はどうだったかい?」

 愛する主人の声を聞いて、暗かった彼女の表情が明るくなった。が、フィリーは恥ずかしそうに顔を背けた。先ほどの思いを主人に向けることはできなかった。

 フィエルはフィリーの思いを読み取ったかのように(実際に読み取っていた)、フィリーの鼻をなでて言った。「分かってるよ。少しのがまんだ。お前が走り回れるように、もっと大きな囲いを作っているところだからね。きっと、気に入ってくれると思うよ。」

 フィリーは鼻を鳴らした。(そんなこと、もう聞いたわ。だけど、囲いが広くなっても、結局はつながれるんじゃない。)と、フィリーは思った。

 主人がたてがみをなでると、フィリーは気分が落ち着いた。主人はもう1度フィリーの鼻をなで、祈ってあげると、立ち去った。

 「退屈だろう?」

 厩務員がやっとのことでフィリーを寝かしつけると、まぶたを閉じていたフィリーの耳に、ずる賢そうな声が聞こえてきた。しばしば鶏小屋をうろつくキツネの声だった。キツネとは、何度か囲いの柵ごしに冗談を言い合ったことがあった。

 「まあ・・・少しはね。退屈と言うより、もっとスペースが必要なだけよ。」

 「それに、こんなにあれこれ管理されるのも、いやだろ?」

 「まあ、柵の中にいるのがあまり心地いいとは言えないけれど・・・」

 「いいかい。お前さんがもっと広い所に出られるように、オレが手配してあげよう。山の方にだって、行けるぜ。つまり、脱出するってことだ。」

 フィリーは、キツネが好きでも信用してもいなかったが、興味がそそられる話だった。

 「どうやって?」

 「夜の内に逃亡するのさ。」

 「それで?」

 「明日の夕方、ヴェルダデロの厩務員達がお前さんをここに連れてくる途中、オレが鶏小屋を荒らして、彼らの気をそらしてやろう。そのすきに、逃げるんだ。」

 「そんなことしたら、御主人様が悲しむわ。」

 「アホか。すぐに立ち直るさ。いいか、フィエル・ヴェルダデロ様には、馬は何頭でもいるんだ。お前さんがそんなに特別だなんて、思うなよ。」

 「そうかもしれないけど・・・私にとっては、彼が特別なの。私が走り回れるように、もっと大きな囲いを作ってくれるって約束してくれたし。」と、フィリーが言った。

 キツネはせせら笑った。「それで、もう出来たのかい?」

 「ううん・・・まだよ。でも・・・」

 「そんなの、ウソだろ? ただの絵空事じゃないか。オレ様の言ったことを覚えとけよ。そんなものは出来ないから。広いとは言っても、果てしない大草原に比べたら、たったの1ヘクタールが何だってのかい?」

 「そうかもね。でも、彼は私を外に連れ出してくれるわ。」

 「だけど、ごくたまにだろ?」

 キツネが正に自分の気持ちを言い表していたとは言え、フィリーはキツネに同意するのには明らかにちゅうちょした。それでもフィリーは、渋々うなずいた。

 「考えてもみろよ、フィリー。動きたくもないのに拍車で横っ腹をけられたり、尻を引っぱたかれるなんて屈辱的なことも、なくなるんだぜ。ジャンプしたい時に手綱を強く引っ張られて止められることだって、なくなるしな!」

 「分かったわよ、キツネさん。だけど、あなたには何の得があると言うの?」

 「もちろん、何もないさ。ただ、お前さんが幸せになるのを見たいだけさ。とにかく、考えてみるんだな。」

 そう言うと、キツネは厩舎からコソコソと出て行った。

 フィリーは興奮しきっていた! キツネの誘いに乗って、脱出させてもらったのだ。フィリーは何時間も、新しく発見した解放感に浸っていた。すると、遠くの牧草地から馬の蹄が地面をける音が近づいて来るのが聞こえたので、地平線の彼方に目をやった。愛する主人が近づいて来るのを見つけると、フィリーは、高揚感と不安感が入り混じった、言いようのない気持ちになった。きっと主人は、彼女を牧場に連れ戻そうとして、後をつけて来たにちがいない。ところが、近くまで来ると、彼は投げ縄さえ持っていなかった。

 フィリーは、このまま駆け出して逃げてしまうべきかどうか、迷いがあった。主人のフィエルを裏切りたくなかったので、フィリーは動けないまま、ただじっとしていた。

 フィエルはすぐそばまで来て、フィリーの鼻をなでた。「厩務員達を連れて来て、容易にお前をつかまえることくらいできたって、分かってるだろ。」

 もちろん分かっている。フィリーは、恥ずかしそうに頭をたれた。

 「だがお前には、新しく発見した自由を満喫してもらいたいんだ。・・・」

 (いっしょにもどって欲しくないの? 私のこと、それほど気にかけてないの?)

 フィエルはクスクスと笑った。「そうじゃないんだ、フィリー。お前が思ってるよりも、私はお前を気にかけてるさ。だけど、たった今は、もどるのがお前にとって最善とは言えない。これがお前自身の願いだからだ。好きにするといい。お前の『馬としての直感』を試し、信頼し、証明するように、大自然に教えてもらおう。・・・」

 フィエルは、フィリーが理解しているのを知っているかのように話し続けた。実際、フィリーは理解していた。

 「限りない広さと自由を慕い求める本能もだ。」

 (広さですって? 限りない自由ですって? 私がずっと求めていたのは、本当にそういうことなの?)

 「いいや。心の底では、そうじゃない。だが、心配はいらないよ。お前がここからは見えない境界線は、ちゃんと用意してあるから。その境界線を越えようとする時には、お前の馬としての直感が教えてくれるだろう。

 それに、お前には、自分の自由な意志で牧場にいてほしいんだ。」

 フィリーに最後の注意をし、安心させると、愛する主人はフィリーのために祈って、別れを告げた。

 (境界ですって? そんなの、私にはいらないわ。) ちょっと考えた後、フィリーは虚勢を張って、遠くに向かって走り出した。夕方になるまで、彼女はさらに何時間も、至福に浸りながら無我夢中で駆け回った。荒涼とした大地に日が沈み始めると、フィリーは疲れを感じ始めた。

 それだけじゃない。フィリーは非常に空腹だった! 本能的に、少しでも毒のある草のにおいをかぎ分けながら、フィリーは、乾燥した固い大地にまばらに生えている安全な草を食べた。そうしながらも、フィリーは、厩舎でふんだんに与えられていた水や干し草の山、定期的に与えられるカラスムギなどのことを思い出していた。午後の時間にフィエルを乗せて全力疾走した後に、息を切らせながらなめる岩塩の味わいでさえ、なつかしかった。

 優しいフィエル・ヴェルダデロ様。フィリーは、他の人達を振り落としたように、彼も振り落としたいと思ったことさえあったことを後悔していた。それでも彼は、決してフィリーに無理強いすることはなかった。フィリーは、あのような衝動が今でさえも、フィエルが話していた馬の直感に逆らわせようとしていることに気が付き始めていた。

 それに、この孤独さと言ったら! 今彼女にあるものは、馬の直感だけだった。だが、それを信じることはできるのだろうか? フィリーには分からなかった。そのようなことをいろいろと考えながら、フィリーは、遠くから聞こえてくるコヨーテの遠吠えに眠りをさまたげられ、恐れおののきながらも、うとうととまどろんだ。

 翌朝、フィリーは背中に照り付ける太陽のせいで目を覚ました。草原に日陰はほとんどない。今日は、焼け付くような暑い日になりそうだ。それでもフィリーは、この自由な機会に心ゆくまで走り回ろうと心に決めていた。2時間ほども走り回ると、疲れ切って大またになってきた。

 (水が欲しい。水を見つけないと。馬の直感は、水のありかに導いてくれるだろうか?) あえぎながら、フィリーは思った。

 気が付くと、フィリーは空気のにおいをかいだり、地面を前足で引っかいたりしていた。が、すぐに止めた。

 (ここには水はない。地下水もない。) そう、フィリーは結論付けた。

 どうして分かったのだろう? フィリーは、自分でも驚いた。思わずうれしくなった。少し先の方まで駆けて行くと、また前足で地面を引っかいた。

 (ここにも水はない。) 今度は、あまりうれしくはなかった。むしろ、少々いら立ってきた。

 低木地を見つけると、フィリーはそばに行って、辺りの地面を引っかいてみた。ここだ!

 その時、ゴロゴロという音がして、遠くの方で砂ぼこりが舞い上がっているのが見えた。そちらの方へ行ってみると、鞍も馬具も手綱もつけていない、15頭ほどの野生の馬の群れがいた。牧場の囲いの中で走っていた時にも、地平線上を駆け抜ける群れをたまに見かけることがあった。

 フィリーは、そんな群れを見ると、いっしょに走りたいと願ったものだ! 今、彼女の願いが実現しようとしている。フィリーは駆け寄って行った。群れのリーダーである雄馬が、フィリーの目に留まった。彼はフィリーの目の前まで走って来ると、立ち止まっていなないた。

 (何て堂々としているのかしら。)と、フィリーは思った。群れの残りの馬も、リーダーの思いを察して背後に立ち止まり、あえいだり鼻を鳴らしたりしながら、リーダーがしたように、地面を引っかいた。

 「水を見つけたね。」と、リーダーが言った。

 「そのようだわ。」

 「では、蹄で地面を掘って水を出してみよう。」

 馬達は地面を掘り始めた。そして湧き出てきた地下水を、野生馬達は満足のいくまで、うれしそうに飲んだ。水を飲み終わると、リーダーの雄馬は胸を張って、フィリーの方にゆっくりと駆け寄って来た。

 「助かったよ。自己紹介しよう。ぼくは、バヨ。君の名前は・・・?」

 「私はフィリー。」

 「なぜだい?」

 「なぜって?」

 「なぜ、そんな名前にしたんだい?」

 「自分で付けた名前じゃないわ。」

 「ちがうのかい? ぼく達は野生の掟に従って、自分で名前を付けるんだ。」

 「そうなの? 雌馬が子馬を産んだ時に、親やだれかが子馬に名前を付けないの?」

 「いいや。離乳した時に、自分がどうなりたいかで名前を付けるんだ。」

 「面白いのね。」と、フィリー。

 「ふ~む。では、だれが君の名前を付けたのかい?」 葉をかじるのを止めて、バヨがたずねた。

 「私の御主人様よ。」

 「君の主人って? 人間かい?」

 フィリーはうなずいて言った。「素晴らしい人なの。」

 「ほう! 『素晴らしい人』ねえ! そんなの、存在するのかい?」

 「ええ。彼の牧場では、本当によく面倒を見てくれたわ。」 フィリーは思わずなつかしくなって、目をうるませた。

 「つまり、君は、『牧場の女王』なのかい?」

 「『牧場の女王』って?」

 「つまり、人間によって育てられ、甘やかされ、かわいがられたってことさ。たくましさが全然ないってこと。」

 「それは分からないわ。調教は厳しいし、居場所はせまいもの。でも、私を調教し終わった今、御主人様は私を馬の直感に頼るように任せたの。」

 「馬の直感って? 何のことだい?」

 フィリーは驚いてバヨを見つめた。「もちろん、私達馬が生まれ持っている性質のことよ。」

 「つまり・・・本能とか、衝動のことかい?」

 「ある意味ね。だけど、もうちょっと深い意味があると思うの。馬の中には、それを引き出すために、馬具を付けて訓練される必要がある馬もいると思うわ。たとえ人間に訓練されなくてはいけないとしてもね。・・・」

 「へえ。それは、すごく主観的な・・・個人的な意見だね。」

 「個人的? 何に対して?」

 バヨは鼻を鳴らした。「う~ん、よく分からないな。じゃあ、フィリー、もし選択があったら、どんな名前にしていた?」

 「よく分からないわ。それに、私、この名前が気に入ってるの。『馬を愛する者』っていう意味なのよ。結局のところ、私達はみんな、仲間の生き物達を愛するべきでしょ。」

 バヨはまた鼻を鳴らした。「ここでは、名前は大した意味を持っていなくてもいいんだ。」

 少し先まで駆けて行くと、バヨは突然仲間達に言った。「みんな! 西の方を見ろ。峡谷の間に緑の牧草地があるぞ!」

 「何を待ってるんだ? 早く行こう!」と、背後の馬達が異口同音に言った。

 フィリーは空気のにおいをかいだ。「待って。悪い予感がするわ。」

 「どういうことだい?」

 「危険なにおいがするの・・・人間達よ。悪意を持った人間達のにおい。」

 すると、馬達はさげすむように鼻を鳴らしたり、嘲笑のいななきを上げたりした。

 「私は水を見つけたでしょ! それでも、私を信じてくれないの?」 フィリーは群れに言った。そして、野生馬達とはちがって、フィリーは今まで人間のそばで暮らしてきたので、彼らの性質を見分ける感覚を身に着けたのだと説明した。それでも、野生馬達は非難した。

 「私は行かないわ。」 そう言って、フィリーは、遠くの青々とした牧草地にありつこうとせっかちになる馬達を後に残し、遠くの山脈を目指して進み続けた。ところが、半時間も経つと、馬がこちらに疾走してくる足音が聞こえた。その音は、近づいてくると、段々と疲れて足を引きずるような音になった。フィリーが立ち止まって見ると、白い雌の子馬だった。

 「あなたが正しかったわ、フィリー。人間達が、みんなをつかまえて行ったの。」 あえぎながら、彼女が言った。

 「だれが、だれをつかまえたって?」

 「馬に乗った、投げ縄を持った十数人の人間達よ。群れのみんなをつかまえたの。私だけが助かったのよ。あなたが言ったことを信じていたから、みんなからずっと離れて、峡谷の岩陰にかくれて見ていたの。仲間達は絶望的な状態だったわ。みんな、お腹がぱんぱんになるまで夢中になって草を食べたおかげで、人間達が来た時には動くことさえできなかったのよ。」

 「まぁ、お気の毒に・・・えっと・・・あなたは?」

 「シエロよ。」

 「すてきな名前ね。」と、フィリー。

 「ええ。『天国』という意味なの。」

 「知ってるわ。だけど、野生馬はそんな意味の名前は選ばないと思っていたわ。」

 「確かにそうね、フィリー。でも、私はその名前を選んだの。おかげで、群れのみんなに笑われたわ。私が『牧場の女王』になりたいって言ったら、からかわれたの。」

 「それは、私の事ね。」 フィリーは忍び笑いをした。

 「そうだと思ったわ。でも、今はもう、そうじゃないんでしょ? どうしてなの?」

 「今はもう、分からないのよ。」 2頭は話しながら、共にゆっくりと走った。

 「私も、牧場の女王になってみたいものだわ。すてきでしょうね。」と、シエロ。

 フィリーは頭を下げると、こう言った。「たやすいことじゃないわ。たくさんの・・・えぇっと・・・制約があるのよ。」

 「どんなこと?」

 「知りたいの?」

 「あなたに会って、驚くような馬の直感を目の当たりにしてからは、そう思うようになったの。」

 「分かったわ。」 そう言って、フィリーはシエロに、フィエル・ヴェルダデロの牧場への道を、思いつく限りくわしく伝えた。

 「それで、彼が現れたら、どうしたらいいの?」

 「信頼するのよ。もしかしたら、彼は私の代わりにあなたを・・・いえ、何でもないわ。」と、フィリー。

 「彼が恋しいのね。」

 「ええ。今までなかったほどにね。だけど、私にはしなくちゃいけないことがあるの。」 そう言って、フィリーははるか彼方の山脈を見上げ、運命みたいなことをつぶやいた。

 「運命ですって? あの岩ばかりの山々が? それ以外には、何もないわよ。」

 驚いたフィリーは思わず、シエロの目を見つめたが、何も言わなかった。シエロの疑問に、フィリーは心をかき乱された。

 しばらくして、フィリーがささやいた。「あなたはもう行ったほうがいいわ、シエロ。日暮れ前に牧場に着きたいならね。」

 それで、2頭の子馬はたがいに別れを告げた。

 「ちゃんと着けるといいわね。」 フィリーは不安げに言った。

 やがて辺りは暗くなり、フィリーは非常に空腹になってきた。周りには青々とした毒草が生えていたが、それがやけに美味しそうに見えた。疲れのせいか、毒草の不快な辛さにもかかわらず、フィリーは、馬の口うるさい直感を全く無視して、毒草をお腹いっぱいに食べてしまった。

 その後、気分は最悪だった! 開けた草原では、夜の寒さが堪えた。フィリーは輝く月明かりの下で地面に横たわり、汗だくになりながら、寒さに震えていた。フィリーは後悔するように、暖かい厩舎と干し草の心地よさ、それに、気難しいマクガイアさんが毎晩体をマッサージしてくれることでさえ、なつかしく思い出していた。

 かわいそうなマクガイアさん。彼は元々、フィリーには非常に優しく語りかけてくれ、キルデアの馬についての哀愁漂う古いアイルランドのバラードを歌ってくれることもあった。だが今は、声をかけてくれることもなくなり、腹立たしそうに義務的に体をマッサージしてくれるだけだった。

 その理由を考えると、フィリーの目には涙があふれた。6か月ほど前のある時、マクガイアさんがフィリーに乗ろうとした時、フィリーは彼を振り落としたのだ。それで彼は足をひどく骨折し、2度と馬には乗れなくなってしまったのだ。

 (愛する御主人様。どうか、マクガイアさんが私をゆるしてくれますように。ごめんなさい。・・・本当にごめんなさい。・・・) フィリーはまどろみながら、そんなことを考えていた。

 まぶたが重くなり、眠りに落ちそうだったが、フィリーは眠っていなかった。むしろ、周りの様子にもっと敏感になり、異次元の存在さえ感じるようになっていた。おびただしい数の白馬の霊に囲まれているようだった。

 その中から、堂々とした1頭の雄馬が小走りに前に出てきて、フィリーに言った。「子よ、牧場に帰りたいのかい?」

 「は、はい・・・。とても帰りたいです。でも、あなたといっしょに行くのですか?」 フィリーは弱々しく答えた。

 「いや。お前が我々の元へ来る時はまだ来ていない。そのうち来るだろうが、今ではない。お前にはまだ、牧場にもどって訓練を受ける必要がある。それを喜んで受け入れるなら、それはお前にとって喜びとなるだろう。」

 「愛する御主人の元で、ですか?」

 「もちろんだ。それに、彼がお前の世話を任せた人々、お前がひどい振る舞いをした人達も。」

 「はい。とても悪かったと反省しています。やり直すチャンスがあったらなあと思います。」

 「きっとあるだろう。御主人は、今でもお前の帰りを待っている。はるか彼方でも、お前がもどって来るのを感じ取ることだろう。」

 「でも、何のために訓練を受けるのですか?」

 「最終的には我々天の全騎兵隊に加わって、史上最大の戦いに勝つためだ。今ここにいる仲間達は、ほんの一部だ。」

 「史上最大の戦いですか? どの戦いですか?」

 「その時になれば、分かるだろう。・・・」

 そう言うと、その堂々とした馬と仲間達は消えていった。フィリーはそこに横たわり、感謝に満ちた気持ちで星をながめていた。やがて、フィリーは眠りについた。

 翌朝フィリーは、熱が下がり、汗びっしょりで目を覚ました。自分の牧場へ帰るのだと思うと、元気が湧き出た。帰りの道は険しかった。強風が、帰り道を見つけるのに馴染みのあるにおいをかぎ分けるじゃまをする。何度も迷子になり、本当に帰れるのだろうかと心配になったくらいだ。

 それでも、フィリーは黙々と進み続けた。午後も夕暮れ時になったころ、白い雄馬の言った通り、フィリーは地平線上に愛する主人の姿を見つけた。彼女の心は踊り、駆け足に勢いが増した。そしてフィエルも、フィリーを見つけると、馬に拍車をかけ、フィリーに向かって加速した。

 フィエルが乗っていたその馬とは? そう、フィリーの子馬友達のシエロだった。2頭は、再会できたことで大喜びだった。

 「牧場では、幸せ?」と、フィリーがたずねた。

 「ええ、とっても。あなたのおかげよ。御主人のフィエル様は、ものすごく短時間で私を調教して下さったの。だけど、私にはまだまだ、学ぶことがいっぱいあるわ。特に、あなたから学ぶことがね!」

 「まあ、私こそ、あなたから学ぶことがたくさんあるわ。」と、フィリー。それにもちろん、フィリーには何よりも、愛する主人と再会できた喜びを十分表すことなど、到底できなかった。フィリーが素直に頭を下げると、フィエルは彼女の鼻を優しくなでた。フィリーは満足げに目を閉じた。

 「お前に乗って牧場に帰るのに異論はなさそうだね。」と、フィエルが言った。

 (もちろんです。) フィリーは思った。フィエルはシエロのハーネスを外すと、フィリーに鞍を乗せた。

 「ところで、新しい囲いは完成したよ。」と、フィエル。

 主人とシエロといっしょに夕日の中を走りながら、フィリーはどんなにうれしかったことか。

文:ギルバート・フェントン 絵:ジェレミー デザイン:ステファン・ミーラー
出版:マイ・ワンダー・スタジオ Copyright © 2020年、ファミリーインターナショナル