マイ・ワンダー・スタジオ
ロシュナがもらった、与えるためのプレゼント
金曜日, 12月 25, 2020

ロシュナがもらった、与えるためのプレゼント

第1章

クリスマスの1日目に私の恋人がくれたのは

1羽の梨の木に止まったヤマウズラ。

クリスマスの2日目に私の恋人がくれたのは

2羽のキジバトと1羽の梨の木に止まったヤマウズラ。

 クリスマスの朝です。「小さなティムとクリスマスシンガーズ」による、ヒップホップスタイルのクリスマスキャロルがラジオから鳴り響いていました。16歳のロシュナ・グプタは、今年でもう7年も使っている、針金にアルミホイルを巻き付けただけのクリスマスツリーの下に座って、自分の名前が書かれた札の付いた包みを開けました。

 まもなく、ロシュナはため息をついて、周りに散らかっている包み紙やその中身をうらめしそうに見つめました。近所の救世軍のチャリティーショップで買ってきたタイツに手袋、オリブ色のカーディガン。仮装に使う派手な安っぽいネックレスに、いとこのお古のブラウス。母親がドラッグスーパーで買い物をした時におまけで付いてきた香水の小瓶に、袋詰めのリコリスなどなど。

 (「大切なのは気持ち」って考えなきゃいけないのよね・・・。) ロシュナは、そんなことを皮肉に考えていました。

クリスマスの6日目に私の恋人がくれたのは

6羽の卵を産むガチョウと

5つの金色の輪と

4羽のおとり用の鳥と

3羽のフレンチめんどりと

2羽のキジバトと

1羽の梨の木に止まったヤマウズラ。

 (ふ~ん。何て愚かな求婚者かしら。恋人に、こんなに高くて役に立たないプレゼントをするよりも、何かもっとマシな物を贈るだけのお金くらい、持っていたはずよね・・・)

 クリスマスは、善意とお祝いの季節です。それなのに、ロシュナは全くそのような気分にはなれませんでした。一方、12歳の弟ナンディは、新しいクリケット用のバットをもらって大喜びでした。部屋の隅でビールをすすりながらエレキでジャズをかき鳴らしている贈り主のマイケルさんに、しきりにお礼を言っています。

 (ナンディには、すてきなプレゼントよね。・・・だけど、私は? お母さんのボーイフレンドから、何かもらえるのかしら?)

 ロシュナとナンディと38歳の母親チトラシーは、ロンドンのサウソール郊外のインド人居住地にある2部屋のアパートに住んでいました。生活保護は受けていましたが、一家の生活は貧しいものでした。チトラシーの親類は、イギリスのミッドランズ州のウルバーハンプトンに住んでいるいとこ以外は、みんなインドに住んでいました。夫のサドヒルは、8年前、妻と二人の子供を残し、出世を願ってカリフォルニアのシリコンバレーへ行ってしまいました。

 (お父さんからは、あれ以来、まだ何の仕送りもないわ。私は何度も、手紙を書いたらって言ってるのに、お母さんったら、何も要求しようとはしないんだから。「自分がして欲しいように他の人にもしてあげなさい」とか、「与えよ、そうすれば自分にも与えられる」宗教なんて、何の役にも立っていないわ。)

 そういった信条は、クリスチャンとしては一般的ですが、グプタ一家はヒンズー教でした。ロシュナの母親は心の広い人で、困った人がいれば、機会のあるごとに自分の持てるわずかな時間や関心や、さらにはお金まで与えてしまいます。けれども自分の子供が異議を唱えるといつも、「人はまいたものを刈り取る」ことになるからというカルマの法則で却下されてしまうのです。

 (全く。お母さんの心の広さでどうなったって言うのよ? みすぼらしい家に、お情けでちょうだいする福祉に、車も買えないボーイフレンドだけじゃない。)

 チトラシーのボーイフレンド、39歳のマイケル・リドリーは、イーリング市のそばにある印刷所で働いていました。最近、12年連れ添っていた妻と離婚して、ワンルームアパートに住んでいました。車は持っていません。そもそも、車など欲しくないのです。

 「ガソリンを入れたり、駐車場を探したり、面倒だもんな。『バスに乗りましょう。運転は私達にお任せを。』って、バス会社も言ってるじゃないか。おれはその話に乗るぜ。」と、彼は言います。

 飾り気がなく人当たりのいい雰囲気とは裏腹に、マイケルは複雑な性格で引きこもりがちな人でした。また、エレキで巧みにジャズを演奏する才能は、ジャズクラブやプライベートな集まりでのたまの演奏で多少の収入をもたらし、それがわずかな給料の足しになっていました。

 マイケルがチトラシーと出会ったのは、そのようなプライベートな集まりの一つである、チトラシーのいとこの結婚式でした。いとこの独身最後の晩餐用の料理ビリヤニ(インド料理の一つで、肉や野菜の入った米料理)の材料を調達するために、インド料理が大好きなマイケルと料理の得意なチトラシーが、サウソールの市場で買い物をしながら、おたがいをもっと知り合うようになったのです。

 最初は料理について話していたのが、会話はいつのまにか、宗教にまで発展していました。マイケルは一応クリスチャンではありますが、教会に行ったことはありません。チトラシーも、基本的にはヒンズー教徒ですが、肉を食べるし、クリスマスの意味を単なる習慣以上のものとして重んじていました。

 チトラシーは、ロシュナとナンディに以前こんなことを言いました。「もしクリスチャンに私達の信仰を尊重して欲しいなら、私達だって、彼らの信仰を尊重すべきだわ。」

 そのような訳で、サドヒルが家を出て行った後は、チトラシーがグプタ家にクリスマスツリーを持ち込んできても、子供達はだれも反対しませんでした。

12人の太鼓をたたくドラム奏者達

11人の笛吹き達

10人の飛びはね回る紳士達

9人のおどる女性達

8人の、牛の乳しぼりをするメイド達

 「クリスマスがやって来る。ガチョウも太ってきた。」 ロンドンっ子の小さなティムが、キャロルの豊かな雰囲気とは対照的に、フェードしていくコーラスを背景に物憂げな歌声で歌っています。

老人の帽子に、どうか1ペニーを。

もし1ペニーさえ持っていないのなら、半ペニーでも結構。

半ペニーさえ持っていないなら、神様があなたを祝福して下さいますように。

 ロシュナは鼻を鳴らして、あきれた顔をしました。

 (もう。クリスマスだっていうのに、私達にはガチョウどころか、太ったチキンさえないなんて。ポケットにだって、1ペニーもないし。もし神様が存在したとしても、私やお母さんや弟を祝福して下さっているとは思えないわ・・・。」

 その時です。ロシュナの目は、今まで見落としていた小さな封筒に留まりました。そこには、彼女の名前が書かれています。それを開けると、ロシュナはあぜんとしました。

 「120ポンドだわ!」 ロシュナは興奮して言いました。

 ナンディはぱっと振り返ると、口をぽかんと開けてロシュナを見つめました。「クリスマスに、120ポンドもらったの?」

 「ええ。」

 「だれから?」

 「う~んと・・・」

 「手紙を読んでごらんよ。」と、マイケル。

 「親愛なるロシュナへ。この120ポンドの贈り物は、これこれに使うためです・・・」 その続きをだまって読んだ後、ロシュナはわっと泣きくずれました。手紙と封筒を落とすと、自分の部屋へ走って行ってしまいました。

  • * * *

 「一体どうしたの、ロシュナ?」 チトラシーが、泣いている娘を腕にだきしめて言いました。

 「お母さん、分からないの? お母さんの心の広いボーイフレンドからのクリスマスのメッセージ、読んだ?」

 「いいえ。あなたあてだもの・・・何か、気にさわることでも?」

 「ええ。こう書いてあるのよ。『親愛なるロシュナへ。この120ポンドの贈り物は、これからの1年、必要としている人のために毎月10ポンドずつ使うためです。』みたいな内容よ。それって、贈り物なの?」

 「どう言ったらいいか分からないけれど、確かに興味深いわね。」と、チトラシー。

 「興味深い?」

 「ええ。マイケルと、あなたのことを話したけれど・・・彼がこんなことを考えるとは、思ってもみなかったわ。」

 「一体、何について話したのよ?」

 「あなたが、もっと他の人達のことを考えられるようになるには、どうしたらいいかってね。・・・前にも、そのことを話そうとしたわよね?」

 「つまり、私にかくれてボーイフレンドと、私の欠点を話していたってことね!」

 「ちがうわ。そんなんじゃないの。マイケルはあなたのことを、とてもすばらしいと思っているもの。ただ、他の人のことをもうちょっと考えてあげるようになれば、性格が丸くなるって思っただけよ。彼の意見なら聞いてくれると思って、何でもできることがあればお願いって言ってあったの。」

 「じゃあ、もう聞かないわ。」

 「あなたが賢くて才能があるっていう彼の意見も?」

 「え・・・そういう問題じゃないわ。こういうクリスマスプレゼントなんて・・・はっきり言って、人をバカにしてるわ。」

 「そんなふうに感じてしまうなんて、残念だわ。だけど、彼の贈り物のこと、考えてあげてね。マイケルは、善意で考えてくれたんですもの。少なくとも、お礼くらいは言ってあげてね。」

 ロシュナはなみだをふくと、背筋を正し、意を決して果敢にリビングルームへもどって行きました。

 「贈り物をありがとう、リドリーさん。」 ロシュナはやっとのことで、そう言いました。

 「どういたしまして。君ならきっと、上手に使ってくれると思ってね。メリークリスマス。」

 「メ、メリークリスマス。」

  • * * *

 それから1週間が過ぎ、新年のどんよりとした日になりました。サウソールの大通りは、カレーハウスやら、八百屋やら、バングラ音楽(インドの民謡)を演奏する人達や、色とりどりのサリーをまとった人々などでにぎわっていました。

 「120ポンドだぜ!」 とけた雪でぐちゃぐちゃした道を、人ごみをかき分けて歩きながら、ナンディがロシュナに言いました。「すごいクリスマスプレゼントじゃないか。」

 「そうなり得たかもね。」

 「どういう意味?」

 「何でもないわ。」

 「話したくないみたいだね。でも、何に使いたいの?」

 ロシュナはしばらく考えていましたが、「今日から始めるわ・・・」とつぶやきながら、ハンドバッグに手を入れました。「あなたにあげるわ!」

 ロシュナがしわのついたお札を出してナンディの手に渡すと、ナンディの顔色がぱっと明るくなりました。「何だって?」

 「10ポンドあげるから、何でも好きな物を買っていいわよ。」

 「マジ?」

 「ええ。でも、どうしてかは聞かないでね。」

 「うわ・・・ありがとう。だけど、後の残りはどうするの?」

 ロシュナは肩をすくめました。「これから考えるわ。ねぇ、何を買う?」

 「分からないや。手始めとして、梨がいいかな。ぼく、梨が好きなの、知ってるでしょ?」

 「そうね。2ポンドもあれば、1キロくらいの梨は買えたわね。でも、今は梨の季節じゃないわ。」

 「そうだね。だったら・・・つまらないと思うかもしれないけど・・・レトロなCDを買おうかな。パートリッジ・ファミリーのやつ。」

第2章

 ナンディはダール(インドの豆料理)を口に入れたまま、姉にニコッとウインクしました。二人は軽く食事をして、アパートを出るところでした。ナンディにはクリケットの試合が、ロシュナには人に会う約束があるのです。「ねぇ、先月はだれに10ポンドあげたの?」

 ロシュナはチャイを飲み終えると、だまって食卓から立ち上がりました。クリスマスから3カ月が過ぎましたが、マイケル・リドリーからの屈辱的な贈り物の目的をとうとう弟に話したのは、つい2日ほど前のことでした。けれど、やはり話さなければよかったと思っていました。

 「今日会うボーイフレンド? それとも聖フランシス?」 ナンディがしつこくたずねます。

 「ボーイフレンドじゃないわよ。聖人でもないし・・・少なくとも、みんなが考えるような聖人じゃないわ。」

 「ふぅ~ん。何か、悪いことでも・・・」

 「そんなことしないわよ、ナンディ。彼は・・・何て言うのか・・・やっぱ聖人かな。だけど、お金は英語教師のバローズ先生にあげたわ。」

 ナンディが笑いました。「バローズ先生にだって? あの出っ歯を治すための寄付かい?」

 「そんなひどい言い方、ないでしょ。匿名で封筒に入れて、先生の机に置いておいたの。冬の寒さで、先生の白い鳩が2羽死んだって、電話で話してるのが聞こえたのよ。」

 「変なの、ロシュナ。」

 「何が変なのよ?」

 「つまり・・・ロシュナがそんなふうに他の人のことを考えるってことがさ。以前は、自分のことばかり考えてたじゃないか。今は・・・何て言うのかな? 変わったよ。マザーテレサ第2号にでもなるつもりかい?」

 「毎月10ポンドを使えそうな人にあげたからって、マザーテレサにはなれないわ。そうしなきゃいけないような立場にいるだけよ。」

 「なるほどね。だけど、それだけじゃないんだ。内面的な何て言うか・・・」

 「どうでもいいわよ、ナンディ。だけどほめてくれて、ありがと。じゃあ、今月の10ポンドは、その『ボーイフレンド』にあげるかどうか、考えてみるわ。」 そう言ってかみの毛をかき上げると、ロシュナはキッチンを出て行きました。

 ロシュナの例の「ボーイフレンド」、フランシス・アンブローズは、背が高くて眼鏡をかけた、優しい17歳のインド人の青年です。ロシュナとは、サウソール・バングラ・クラブで出会いました。

 フランシスが伝統的なアイルランド音楽や民族舞踊が大好きだと言っていたので、ロシュナは、来月近所の劇場で公開されるアイルランドの伝統民族舞踊の切符が買えるように、10ポンドをフランシスにあげることにしました。

 その日の夕方、近所の公園をぶらぶらと歩きながら、ロシュナは、自分がマイケル・リドリーの贈り物を毎月使う責任があることをフランシスに話しました。「大した額じゃないんだけどね。」

 「でも、ぼくの期待以上だよ、ロシュナ。別に何も当てにしていなかったからね。」

 「あら、ひどいじゃない。」

 「そんなこと、ないよ。別にぼくの誕生日でもないし、ガネーシャ・チャトゥルティ(インドのお祭り)もずっと先だし、クリスマスはさらに先でしょ。それに、ぼく達はおたがいのことも、まだよく知らないだろ。」

 ロシュナはクスクスと笑って、両手をもみ合わせました。

 「だけどさ。毎月だれにあげるか、どうやって決めるんだい?」と、フランシスがたずねました。

 「分からないわ。最初は、さっさと済ませたいと思ってたの。だって、贈り物の理由に腹を立ててたんだもの。でも今は、何か気になる事とか状況がある人にあげることにしているわ。あなたの場合は、そういう音楽に対する情熱ね。」

 「そうかぁ。『与えることで人は受け取り、死ぬことで人は永遠の命に復活する』からね。」

 「奥が深いわね。」と、ロシュナ。

 「ぼくの名前の由来の人の詩の一部だよ。」

 「フランシスが? どのフランシス?」

 「聖フランシスコだよ。彼の祈りが、ぼくの人生のモットーってわけさ。まぁ、ほとんどの場合は、全くみじめなほど到達できない域なんだけどね。」

 「完璧な人は、だれもいないわ。」 ロシュナがやさしく言いました。

 「そうだよね。だけど、君はその内でも最高に近いんじゃないかな。」

 ロシュナは、口をポカンと開けました。何か言うにも、言葉が出てきません。ほほが赤くなりました。

 「本当だよ。」と、フランシス。

 「だけど、聖人っていうのは、完璧なはずよ・・・少なくとも、私はそう信じるように教わってきたんだけど。」

 「ぼくにとっては、君は完璧さ。」と、フランシス。

 「それなら、本当の私を見ていないだけよ。私は、情けないほど利己的だもの。毎月たったの10ポンドをあげることでさえ、後ろめたいわ。こんなことで『私は何て心が広いのかしら。』なんてね。ひどいもんだわ。」

 「すごいよ。自分の善行にひたっていないんだから。」

 「そんなことないわ、フランシス。私ね、本気で自分が欲しいものを買おうと考えてたのよ。だけどそれだと、お母さんが何て言うか心配だったし。結局は、自我のために、マイケルが提案したように使おうと決めただけよ。」

 「ほらね、ロシュナ。君は、自分の欠点を堂々と告白できるし、それに直面できる。それが、聖人的なんだよ。」

 「分かったわよ。じゃあ、母のことは?」

 「君の話からすると、すばらしい人だね。」

 「ええ。母はホントに聖人なの。みんな、そう思ってるわ。私も、だんだんとそう思えるようになってきちゃった。母が言うことは、基本的にはカルマの法則なんだけれど、言ってることをちゃんと実行しているものね。」

 「まくことと、刈り取ることかい。聖フランシスコの祈りの最初の6つの原則だね。」 フランシスも物静かに言いました。

 ロシュナは両手をギュッともみ合わせると、ゆっくりと歩き出しました。それから立ち止まり、ため息をつきました。「だけどねぇ、フランシス。わたし、これを始めてから、気分はいいわ。暖かく感じるってのかな。」

 「そのようだね。君の周りには確実に、カルマの報いのオーラがただよっているよ。」

 「あなたはカトリックなんでしょう? なのに、そんなにいろいろなことも知ってるのね?」

 「ぼくはカトリックじゃないよ。家族はヒンズー教。だけど、ぼくはあらゆるものからいいものは何でも取り入れるんだ。天使とか星占いとか、何でもね。他にも、いろいろあるよ・・・」

 「例えば?」

 「そうだね。超能力とか、惑星間の旅だとか、降霊術だとか、そういったものね。」

 そう言ってフランシスがロシュナの手を取ると、ロシュナは言いました。「私は、そんなにいろいろは知らないわ。それって、幽霊や何かを信じるようなものでしょ。私の母も、いろんな信仰の中から、良いものを見い出して受け入れるように努めているわ。それには反対じゃないのね?」

 「自分自身がしてることだからね。」

 「そうね。母は以前、クリスチャンの教会に行った時、ヒンズー教だからって、批判されたわ。ある若い牧師に、偶像や悪魔をおがんでいるくせに、キリストの食卓にありつこうとしているって言われたのよ。カトリック教会でも、聖さん式に参加しようとして断られたし。

 それなのにどうして行こうとするのか、私には分からないわ。それに付いて行かなくちゃいけないのだって、もう真っ平よ。ヒンズー教の祭司のほうが、まだマシかしら。クリスマスツリーを飾ってパンチャ・ガナパティ(12月のクリスマスのころに祝われるヒンズー教のお祭り)だか何だかをおろそかにしているって批判されたけどね。」

 「悲しいことだね。だけどさ、ロシュナ。肝心なのは、君のお母さんが、神様や仲間を愛しているかっていうことじゃない?」

 「母には悪いけれど、愛し過ぎだと思うわ。」

 「愛するのが間違いだなんて、絶対にないよ。」 そう言って、フランシスはロシュナを引き寄せました。「キリストは、この二つの戒めに、律法全体と預言者とがかかっていると言われたんだよ。」

 フランシスがロシュナのほほに触れ、彼の暖かく黒い瞳から思いやりのまなざしが発散されると、ロシュナの心臓はドキドキしました。「そういうわけで、ぼくは大学を卒業したら、誓いを立てたいと思っているんだ。」

 「誓いですって?」

 フランシスは、クスクスと笑いました。「もし、ごちゃ混ぜの信仰を持ったぼくでも受け入れてくれるならだけどね。自分の名前通りの修道士になることを考えてるんだ。」

 「分からないわ。どういうことなの?」と、ロシュナ。

 「ぼくは、フランシスコ会の修道士になりたいんだ。」

  • * * *

 電話が鳴り、チトラシーが受話器を取りました。チトラシーはほほ笑むと、受話器をロシュナに渡しました。「フランシスからよ。」

 ロシュナは、「ええ。」とか「そうね。」とか、「考えてみるわ。」などといった短い会話を終えると、受話器を置いて母親の方を向きました。

 「私があげた10ポンドでアイルランドの民族舞踊を見に行く代わりに、今週末に私を食事に誘いたいそうなの。」

 「ステキじゃない。あなたが与えるようになったせいよ。だけど、あまり浮かない顔ね。」

 ロシュナは肩をすくめました。チトラシーは、ロシュナの頭をポンポンとたたいて、ほほ笑みました。「今は、母親らしい心配をすべき時かしらね。」

 「心配することはないわ、お母さん。」

 「このフランシスという男の子は、いい人なのね。」

 「ええ。彼は、自分の名前らしく生きることを信念にしているんですって。カトリックの聖人よ。」

 「どんな信念なの?」

 「聖フランシスコの祈りよ。」

 「なるほど。つまり、『与えることで人は受け取り、死ぬことで人は永遠の命に復活する』ってことね。」

 「驚きだわ。彼は、それと全く同じ詩を引用して言ったの。そして、『憎しみのある所に、愛を置かせてください。疑いのある所に、信仰を置かせてください。』って説いている人を、他にだれか知っているかって聞かれたわ。

 「それで、何と答えたの?」

 「お母さんがそうしてるわって答えたの。それから私達、カルマについて話したわ。」

 「それで?」

 「彼が言うにはね、聖フランシスコの信念は、単に『まいたものを刈り取る』以上のことだって。受け身じゃなくて、もっと行いのあるものだって。私ね、お母さんが、口先だけの人じゃないって話したの。彼が何て言ったかは、覚えてないわ。」

 「彼の言う通りかもしれないわね、ロシュナ。だけど普通は、宗教やだれが正しいかなんて、言い争うものではないわ。」

 「言い争いなんかしてないわよ、お母さん。だけど、彼はフランシスコ会の修道士になるつもりなんですって。」

 「まぁ・・・あなたは、何て言ったの?」

 「強がって、自分の情熱を持っている道に進んだらって、励ましたの。だけど、うちに帰ってから、大泣きしたわ。」

 「かわいそうに、ロシュナ。それで、あなたたちの関係は『安全』に保てるように思えるけど、あなたの気持ちや幸せを考えると、気がかりだわ。・・・それにしても、フランシスは魅力ある青年ね。いつか会ってみたいものだわ。」 チトラシーは、ほほ笑んで言いました。

  • * * *

 結局、チトラシーはフランシスに会うことになり、彼を気に入ります。初め、ロシュナは自分の貧相な家がはずかしくて、フランシスには何も話していませんでした。そして、彼を家に呼ぶことをためらっていました。けれども、フランシスの説得のおかげで、それは実現しました。玄関のポーチに立つとフランシスは、はずかしそうな顔をしているロシュナに向かって、安心させるようにほほ笑みました。

 「ぼくの家も、こんなに暖かかったらなぁ。」 チトラシーの出してくれたマサラ入りのチャイを飲むためにソファーにすわりながら、フランシスが言いました。

 「暖房を入れる余裕がないの?」

 するとフランシスは笑って答えました。「いえ、たとえです、グプタさん! ぼくの家には、何て言うのかなぁ・・・。優しさや暖かい雰囲気が欠けているんです。」

 そういうことで、ロシュナは、ナンディの冷やかしや、口ではだまって容認してくれている母親の監視をがまんしながら、その年ずっとフランシスと付き合うことになったのでした。

第3章

 去年のクリスマスから、ちょうど12か月がたちました。グプタ家のアパートは、物悲しさではなく、生き生きとした明るい雰囲気に満ちあふれていました。それは、ある若い女性の気持ちと心が変わったからでした。

 リビングルームの一角では、新しく入手したばかりの本物のモミのクリスマスツリーのそばで、ロシュナが、クリスマスカードやひざまで来るほどのプレゼントの山に囲まれていました。自分の知らない人からさえも浴びせられる称賛の言葉の数々を読んで、ロシュナは全く信じられないといった気持ちで首を振るばかりでした。それは、ひとえにロシュナが与えることをしたからだと言いたい誘惑をおさえながら、チトラシーはその様子をチラチラと見ていました。ナンディは、マイケル・リドリーから贈られた携帯電話に夢中です。

 マイケル自身はというと、ギターのフレットに指を走らせながら、コンピューターが起動するのを見て得意そうにクスクスと笑っています。「これでロシュナも、スカイプやツイッターを思う存分使えるってわけだ!」

 「今までに使ったことがあるの?」 チトラシーがたずねます。

 「学校の図書室にあるコンピューターでね。」と、ナンディが言いました。

 「監視付きの決まった時間だけよ、お母さん。心配ないわ。」 ロシュナがぼそっと言いました。

 「そうだったの。役立つ目的のためだといいけれど。」

 「じゃ、こっちに来て試してごらん、ロシュナ。」 マイケルがロシュナを呼びました。

 顔を赤らめながら、ロシュナはコンピューターの前にいすを持ってきて座りました。キーボードをちょっと打つと、言いました。「お母さんのボーイフレンドが私達へのクリスマスプレゼントにこんなのを買ってくれたなんて、すてきだわ。」

 チトラシーが笑いました。「実際には、あなたのためよ。私はコンピューターなんて、触ったこともないもの!」

 「ナンディだって、コンピューターにハマってるわよ、お母さん。」

 「皮肉だね!」と、マイケル。

 「何が皮肉なの?」

 「コンピューター時代が、人々を個人個人の別々の小さな世界に追いやっているってことがだよ。」

 「ホントにね。うちにこんなテクノロジーを持ち込みたくなかったのは、それが理由よ。例え買えたとしてもね。」

 「なぜ気が変わったの、お母さん?」と、ナンディ。

 チトラシーはほほ笑むと、きまり悪そうにマイケルの方を見ました。「友情ある説得よ!」 そう言って、チトラシーは手を振って周囲に注意を向けました。「私はずっと、あなたたち二人のためには、もっと・・・」と、チトラシーが言いかけました。

 すると電話が鳴り、ロシュナが受話器を取りました。「はい? はぁ。そうですか。彼の運転手ですって? 彼にお抱えの運転手さんがいたなんて、知りませんでした。・・・チケットですか? どこへ行くお話ですか?」

 ロシュナがラジオの音量を下げてくれるように母親に合図すると、マイケルもギターをひく手を止めました。周りが急に静かになったので、ナンディでさえ、それに気が付いたくらいです。ロシュナは受話器を母親に渡して言いました。

 「ごめん、お母さん。私、彼が何を言っているのか、分からないんだけど。」

 「フランシス・アンブローズ? ええ、娘がよく存じ上げておりますが。え、何を送って下さったのですか? 何日ですって? 大みそかですね。・・・はい、娘にそう伝えておきます。失礼します。」

 チトラシーは受話器を置くと、ロシュナを呼びました。「フランシスが、大みそかにロイヤルアルバートホールで上演される、チャイコフスキーの『白鳥の湖』のバレエの特別公演をいっしょに見れるように手配してくれたんですって。そこへの往復も、彼の運転手が送り迎えしてくれるように手配してあるそうよ。」

 「だけど、そんなとこに着て行ける服なんか、一着も持ってないわ!」

 「運転手さんが言うにはね、送迎してくれて、夜中の12時まで衣装を使わせて下さるって。」

 「フランシスが、その全部の支払いをしてるの?」と、ロシュナ。

 「そのようだわ。結局のところ、彼はかなりのお金持ちってことなのね。」と、チトラシーが言いました。

 「そう思う?」

 目を輝かせながら、チトラシーはマイケルの自家製エッグノッグが入ったグラスを2つ持って、ソファーにいるロシュナのとなりにすわりました。そしてグラスを1つロシュナに渡すと、言いました。「フランシスには、見た目以上の何かがあると、いつも思ってたわ。」

 「悪いこと?」

 「その反対よ、ロシュナ。彼の物腰や礼儀の良さや上品な話し方・・・うなずけるわ。フランシスとあなたの将来に、乾杯。メリークリスマス。」

 「メ、メリークリスマス、お母さん。」と、ロシュナ。

  • * * *

 まるで変身して戸惑っているシンデレラのように感じながらも、ぴったりしたグリーンのベルベットのドレスに黒いブーツをはいて黒いカシミアのマキシコートをはおったロシュナ・グプタが、シルバーのBMW(ドイツの高級車)から出てきました。お辞儀をしている運転手に「ありがとうございます、ヘンリーさん。」とほほえんでお礼を言うと、ロイヤルアルバートホールの階段を小走りに上がりました。

 レセプションに行くと、ユニフォームを着た年配の男の人が来ました。

 「ロシュナ・グプタお嬢様ですね?」

 「は、はい。」

 「今晩は、グプタお嬢様。私は、今夜お嬢様の案内役を務めさせていただきます、パーシヴァルと申します。アンブローズ様は少々遅れてご到着とのことですので、ショーの前に、おもてなしをさせていただければと存じます。」

 「それは、何でしょうか?」

 「夕食でございます。二通りのメニューをご用意しておりますが・・・。」

 「すみません。食事が出るとは思っていなかったので、来る前に軽食をすませてきたところなんです。」

 「それでしたら、レストランでお祝いのお飲み物だけでも、いかがでしょうか。メニューがお気に召さなければ、デザートだけでもお楽しみいただけるかと存じますが。」

 「まぁ、そうですか。分かりました。」

 「公演は、あと25分で始まります。コートをお預かりいたしましょうか?」

 パーシヴァルは、ロシュナを豪華に照明された劇場のレストランへ案内しました。二人用のテーブルに着くと、ロシュナは飲み物を少しずつ飲みながら、メニューに目を通しました。メインメニューは、子羊のビリヤニとタンドリーチキンでした。どちらも、ロシュナの好きな料理です。

 ロシュナは待っているウェイターに言いました。「抵抗できないわ。子羊のビリヤニにします。こんなメニューがあるなんて・・・。フランシス!」

 白いタキシードを着たフランシスが現れ、会釈をすると、ロシュナの前の席にすわりました。何か、急いでいる様子です。

 「遅れてごめん、ロシュナ。ちょっと用事ができちゃってね。」

 「何になさいますか?」 ウェイターがフランシスにたずねると、フランシスが合図したのでそれをくみ取って言いました。「同じものですね・・・分かりました。お飲み物は、何になさいますか? はい、すぐにお持ちします。」

 ウェイターは、メニューを持ってそそくさと立ち去りました。ロシュナは、あっけに取られてフランシスを見つめました。「本当に、びっくりだわ。」 ロシュナがぼそっと言いました。「ごめんなさい。びっくりし過ぎて、食欲がなくなってしまったわ。」

 「びっくりし過ぎって?」と、フランシス。

 ロシュナはウェイターを呼ぶと、注文をキャンセルしました。その代わりに、レモングラスティーを頼みました。

 「つまり・・・このすべてがよ。あなたがお金持ちだったなんて、ちっとも知らなかったわ。・・・それに、フランシスコ会の修道士になる話は、どうなったの? まだ真剣に考えているの?」

 「気が変わってね・・・って言うか、彼らのほうがだよ。ぼくが自分の変わった信条をいろいろと話したら、急に顔色を変えたんだ。で、君のことを・・・ぼく達のことを考えたんだ。それから、与えることによって受け取ることなんかね。デザートは?」

 「いらないわ。ごめんなさい。意味が分からないわ。」

 「つまりね、ロシュナ。君はぼくを修道会に捧げたようなものだろう? 心は痛んでも、ぼくに望み通りにしたらって励ましてくれたじゃないか。それでぼくは、君のことをもっと愛するようになったんだ。それだけじゃない。君は、ぼくが、その・・・このすべてのものだって知らなくても、愛してくれただろう?」

 「で、でも、それって、どういうことなの?」

 フランシスは腕時計を見ると、言いました。「ぼくも、料理をキャンセルしないと。そろそろボックス席に行こう。」

 「ボックス席なの?」

 「舞台正面の2階のボックス席だよ。」 そう言って、フランシスはすぐにロシュナをレストランから連れ出し、豪華なじゅうたんが敷かれた裏階段を上って行きました。

 フランシスが声を低くして言いました。「あのね、ぼくの父と母と弟がいるんだ。君の住んでるとことか、そういったことは何も話してないからね。」

 「分かったわ。つまり、あなたは金持ちだけど、私は貧しいってことね。」

 「うん。だけど、君自身のことは聞かないようにって、みんなに言ってあるからね。神秘的なイメージでいいよ。」

 まもなく二人は、カーテンで仕切られた、舞台を見下ろせるボックス席に入りました。フランシスは、同席している家族にロシュナを紹介しました。かっぷくのいい白髪混じりの男性と、浅黒いハンサムな15歳ごろの青年は、二人ともタキシードを着ています。気品ある白髪混じりの赤毛の年配女性は、赤と金色の絹のサリーを身に着けています。みんなが席を立ち、ロシュナの手を取ってあいさつすると、ロシュナはおじぎをしました。

 フランシスが父のマハラジャ・サダールを紹介すると、お父さんは「お会いできて、うれしいよ。」と言いました。

 「こちらは、母のマハラニ・クマーリ。」と、フランシスが言いました。

 「お会いできて、うれしいわ。」と、お母さん。

 「それに、弟の・・・」

 「トーマスです。」と言いながら、青年はロシュナの手を取って、キスしました。彼は息を吸い込むと、ほほ笑みました。「すてきな香りがする。香水かな。それとも・・・自然の香りかな?」

 「た、ただのムスクです。」

 「それはともかく、兄は素晴らしい選択をしたね。」

 思わず、ロシュナはつばを飲みました。何か、落ち着きません。

 「お嬢さん、何か不快なことでも?」と、お母さんがたずねました。

 「何が、でしょうか?」

 「この場所のことよ。」

 「あの・・・予期していなかったことなので。こんな名門の方々とご一緒できるなんて。」

 「そうね。あら、そろそろ始まりそうだわ。楽しみましょう。オペラグラスはいかが?」

 「オペラグラスですか・・・それは、何に?」

 「配役の顔をもっと近くで見るためよ。前の座席の後ろのポケットに入っているはずだわ。」

 「ぼくは、このコンサートの主演のアナベル・ミューラーを見るために使いたいんだ。」 トーマスがささやきました。「だけど、どっちかっていうと、ぼくはむしろ・・・」

 「シーッ! 始まりが肝心なのよ・・・集中して見てないと。ジークフリート王子の宮殿の正面バルコニーの場面よ。」と、お母さんが言いました。

 ロシュナは、ボックス席の人達や他の観客達と同様に、バレエに夢中になりました。そして、公演はあっという間に終わってしまいました。閉幕の音楽が流れると、マハラニ・クマーリは涙のあふれる目を閉じて、いすにもたれかかりました。ロシュナも同じでした。すると、フランシスがロシュナの耳にささやきました。

 「ぼくは、本物のプリンセスと結婚したいよ。」

 ロシュナは背筋を真っ直ぐにすると、涙をふいて、みんなに言いました。「本当に申し訳ないのですが。」

 「お招きいただいて、ありがとうございます。でも、もう帰らないと。」

 「何ですって?」と、マハラニ・クマーリ。

 「もう?」と、マハラジャ・サダール。

 「ちょっと風邪気味なので。皆さんに移すと大変ですから。」

 「待って。ヘンリーを呼ぶから。そしたらぼく達・・・」と、フランシスが立ち上がって言いました。

 「ごめんなさい。でも私、一人で帰らないと。」

 そう言って、ロシュナはボックス席を出ました。パーシヴァルからコートを受け取ると、ロシュナは劇場を飛び出しました。

第4章

 運転手が車のドアを開けると、ロシュナはハァハァと息を切らせながら言いました。「私、歩いて帰ります。」

 「分かりました、お嬢様。でも、ご自宅までお送りいたします。土曜の夜に、きれいな若いご婦人に何が起こるか、分かったものではありませんからね。特に、今日は大晦日ですし。」

 「それはそれは、ご親切に、ヘンリーさん。だけど私、地下鉄で帰りますので。」

 「分かりました。行き先はどちらでしょうか。真夜中の12時までにはご自宅へお送りしなければなりませんので。そうでないと、私達は元の姿に・・・」

 「そうですよね。『カボチャに戻ってしまう』っていう、あのジョークですね。ご心配なく。」

 「心配はしませんが・・・ その辺りにいますから。」と、ヘンリーが言いました。

 ロシュナの頭の中は、混乱でグルグルと渦巻いていました。あわただしいウエストミンスターの通りを、時たまきれいなショーウィンドウを見るために立ち止まりながらも、小走りに通り過ぎていきました。そして、堤防がある所に出ると、止まってテムズ川を見つめながら、ロシュナは気持ちを整理しようとしました。

 (フランシス・・・。『聖』フランシスというわけね。私は自分の家庭や背景をかくしたい一心で、彼のことについてはたずねてみようとも思わなかったわ。こんなこと、夢にも思わなかった・・・)

 頭の中で独り言を言いながら、それでも理解できずに首を振り、ロシュナは歩き続けました。地下鉄でオスタリー駅まで行けば、サウソールへの終電に間に合うだろうと思いました。

 「クリスマスの7日目に、私の恋人がくれたのは、7羽の泳ぎ回る白鳥達・・・」

 突然、聞きなれたメロディーが、まるで天使が演奏しているかのような調べで流れてきました。思わずロシュナは、ほんの数人だけのクリスマスキャロルシンガーズの前で立ち止まりました。しばらく耳を傾けていましたが、その後あと、一番年下の子が差し出した帽子の中に、コインを幾つか入れました。彼は、赤毛でソバカスだらけの赤いほっぺたの男の子で、杖をついています。

 「もし1ペニーさえ持っていないのなら、半ペニーでも結構。」と、その子はロンドンなまりで元気よく言いました。

 ロシュナは歩き去りながら、いたずらっぽい目を輝かせている男の子に、自分も目を輝かせながら応えました。「今のは1ペニーよりも多いわ。少なくとも、50ペニーはあるわよ!」

 「神様がお姉さんを祝福されますように!」 その男の子も後ろから呼びかけて言いました。「ところで、今日あなたの恋人は、何をくれましたか?」

 ロシュナは振り向いて言いました。「今日? 何も。だけど、白鳥の湖を見に連れて行ってくれたわ!」

 (今日か・・・。) ロシュナは思いをめぐらしました。(そう言えば、大晦日はクリスマスから7日目だわ。)

 歩き続けると、シンガー達の声はだんだんと小さくなっていきました。ロシュナは、この1年間に起こったことを思い起こしていました。12日・・・12か月・・・

 突然、ロシュナは立ち止まって、耳をすましました。まるで、天使達がロシュナに引き返すようにと合図しているかのように、シンガー達は、同じ歌を最初から歌い始めたのです。

 「クリスマスの1日目に私の恋人がくれたのは、1羽の梨の木に止まったヤマウズラ・・・」

 (梨・・・ ナンディの好物! だけど、ヤマウズラは? ・・・そうよ、ナンディが買ったレトロなCDのことだわ。パートリッジ・ファミリーの!」(※訳注:パートリッジは、英語でヤマウズラという意味)

 ロシュナは今来た道を、シンガー達が立っていた場所に向かって走りもどりました。ハァハァいう息を落ち着かせ、まっすぐに立つと、そばの壁にすわり、目を閉じて歌に聞き入りました。

 「クリスマスの2日目に・・・」

 (2羽のキジバト? そうだわ、バローズ先生のハトね・・・。だけど、3羽のフレンチめんどりって、何だろう? 全く、分からないわ・・・)

 「分かるでしょ、お姉さん!」

 ロシュナが目を開けると、赤毛の男の子が帽子を持って、前に立っていました。今度は、肩まで来るブロンドの巻き毛の女の子もいっしょです。

 「何が分かるって言うの?」 ロシュナはたずねました。

 「3羽のフレンチめんどりの意味だよ。」と、少年が答えました。

 「どうして、私の考えていたことが、分かったの? 私、声に出して言ってたかしら?」

 少年は首を横に振りました。「だけど・・・そうだなぁ。あと50ペニーくれたら、教えてあげるよ。」

 「う~ん・・・どうかなぁ。私、そういったこと、あまり信じてないの。占いみたいなことなんかはね。」

 「いいですよ。だけど、急いだほうがいいな、お姉さん。キャロルが終わっちゃうからね。ところで、ぼくの名前はティム。こっちはマッチだよ。」

 子供達が手を差し出したので、ロシュナは握手して、ほほ笑みました。「初めまして、ティムと、う~ん・・・マッチかぁ。すごく変わった名前ね。」

 「ニックネームなの。路上でマッチを売っていたから。」

 「ホント? 私、マッチ売りの少女のお話がずっと好きだったのよ。私は、ロシュナ・グプタ。・・・」

 「すてきな名前ね。」と、少女が言いました。

 「それで?」と、ティム。

 「いいわ。」 そう言って、ロシュナは少年の帽子に50ペニーのコインを入れました。「3羽のフレンチめんどりのことを、教えてちょうだい。」

 少年はほほ笑むと、ロシュナに近寄って、ささやきました。「あの年取った酔っ払いを覚えてるかい?」

 「年取った酔っ払い?」

 「アイルランド人の男の人。あの夜、居酒屋から千鳥足で出てきた人だよ。」

 「ああ、思い出したわ。8人家族の日曜日の夕食のためにローストチキンを買うお金が足りないって、とりとめもなく話していた人ね。」

 「そう。で、彼に10ポンドあげたでしょ。」

 「ええ。後で、彼の娘さんのシオバンからお礼の電話がかかってきたわ! だけど、彼女がどうして私の名前と電話番号を知っていたのか、全然分からないのよ。さてと。チキンね。それと、3月。話が合うわ。」

 すると、マッチが言いました。「それだけじゃないわ、お姉さん。その居酒屋の名前、覚えてる?」

 ロシュナは首を横に振りました。

 「そのお店、『3羽のフレンチめんどり』っていうのよ。」とマッチ。

 「そうだったわ! 驚きねぇ。だけど、一体どうして、こんなことまで知っているの?」

 少女がほほ笑み、少年がウインクしました。そして二人の子供達はまた、そのキャロルにロシュナの注意をうながしました。

 「もちろん、4羽のおとり用の鳥については、覚えてるでしょ。」と、ティム。

 「4羽のおとり用の鳥(calling birds)? 見当も付かないわ。」

 「お姉さん、4月には4羽の鳥から電話(call)がかかってきたでしょ。お姉さんがくれたプレゼントで、自分や親しい人にどんなにすばらしいことがあったか、お礼を言ってたよね。」

 「鳥・・・?」 ロシュナはちょっと考えて、クスクスと笑いました。「分かったわ、ティム。つまり、女の人達のことね!(※訳注:イギリスでは「bird(鳥)」を若い女性の意味で使うことがある。) ナンディの体育の先生は、十代だった時にあこがれだったグループのCDを貸してもらえたことを感謝してたわ! それからバローズ先生は、お金をあげたのが私だと分かって、死んでしまった2羽のハトの代わりに新しいハトを買えたって、お礼を言ってきたの。それから、シオバンね。それと・・・まあ! ルイーザ・コットレルにあげた10ポンドは、4人組のゴスペルシンガー「The Call」を見に行けるようにだったわ・・・! 何て驚きなのかしら!」

 「ホントだね、ロシュナさん。じゃあ、次は5つの金色の輪だね。」

 「5ね・・・5月には・・・ああ、何だか分かってきたわ。」

 「ノエル・ビンダに10ポンドあげたのは、5月じゃなかった?」と、マッチ。

 「考えてみると、そうだわ。彼はそれで宝くじを買って、当選したのよ。だけど、一体全体、どうしてあなた達がこんなことを全部知っているの?」

 「気にしないで、次に行こうよ。」と、ティム。

 「ノエルは、当選したお金を、2ヶ月後の冬季オリンピックを見に行くためのチケット代と往復の飛行機代にするんだって言ってたわ。だけど、それとどんな関係があるのかしら?」

 「そこの港で点滅される大きな五輪について、独特なことは何?」

 「ニュースでは、金色になるって。5つの金色の輪ね! すごいわ。」

 「クリスマスの6日目に、私の恋人がくれたのは、6羽の卵を産むガチョウ・・・。」

 「それは簡単よ。ペンテコステ(聖霊降臨節)の日でしょ。6月の1週目ね・・・。」

第5章

 マイケル・リドリーは、もうずっと前から、まとまった額のお金が入ったら、グプタ一家を休日の一週間、田舎に連れて行ってあげると約束していました。イギリスでは旅費が途方もなく高いので、彼らはロンドンの街中からちょっと外れた田舎さえ、ほとんど見たことがありませんでした。そこに、マイケルにまとまった額の収入が入ったため、彼は、サフォーク州のウッドブリッジ近くにある「サッチトゥファーム」に、寝室が2部屋あるわらぶき屋根のコテージを借りたというわけです。

 「きれいな所だったなぁ。曲がりくねった細い道に、林に、小道。庭園や開放的な田舎の風景に囲まれてて、まるで天国みたいだったわ。ただ、困ったのは・・・。」

 「ガチョウね。」と、マッチ。

 「ええ。夜明けからうるさく鳴くもんだから、目が覚めちゃうのよね。あ、そうそう・・・そのころは、産卵期が終わろうとしていたんだわ!」

 「ガチョウは何羽いたと思う、お姉さん?」

 「そうね、12羽ほどいたかしら。半分は、オスよね。ってことは・・・卵を産んでいたのも、6羽ね! これって、本当にすごいわ! 7羽の泳ぎ回る白鳥・・・それも、簡単だわ。7月のある夜、フランシスと湖のほとりで見たの。忘れられるわけ、ないわ!」

  • * * *

 あの夜、ロシュナとフランシスは、湖のほとりでクラッカーをかじりながら、優雅に泳ぐ白鳥達をながめていました。「白鳥よりも優雅な生き物って、いるかしら?」と、ロシュナが言いました。

 「うん、いるよ。」 そう言うと、フランシスはロシュナをだき寄せました。「君さ。」

 すると、急に白鳥達が湖から上がって、よちよちと二人に近づいてきました。フランシスはクラッカーをくだいて白鳥達にあげました。満足すると、白鳥達は水の中にもどって行きました。それでフランシスは、またロシュナに自分の恋心を向けました。

 「クリスマスの8日目に、私の恋人がくれたのは、8人の、牛の乳しぼりをするメイド達。」

 うっとりと回想にひたっていたロシュナが、興味津々で聞くのが待ちきれない様子のティムとマッチの声で、我に返りました。「8人の、牛の乳しぼりをするメイド達ねぇ・・・一体何のことかしら?」

 二人の子供達は、首を横に振りました。

 「そうねぇ・・・。」と、ロシュナ。

  • * * *

 その日は、特に暑い日でした。ロシュナはミルクシェイクが、それも特にマンゴーフレーバーのシェイクが大好きです。学校から帰る途中、ロシュナはアイスクリームショップの「ミルクメイド」に立ち寄って並んでいました。彼女の前に並んでいた青年は、自分の財布やポケットの中からお金をかき集めた後、あわてていました。8杯のコーヒーミルクシェイクを買おうとしていたのですが・・・。

 「絶対に、もっとあると思っていたんですけど・・・。」

 「それは非常にお気の毒なんですが・・・本当に、10ポンドお持ちではないですか?」と、店員さんが言いました。

 その青年は首を横に振りました。

 「私、持ってます!」 ロシュナは青年の肩ごしに店員にそう言うと、10ポンド紙幣を渡しました。青年は、非常に驚いた表情で振り返りましたが、ロシュナは並んでいた列から外れて、お店の出口に向かいました。

 お金を返そうとする青年に、ロシュナは言いました。「それって、私の今月の善行なの!」

 確かに、それは8月でした。

 「クリスマスの9日目に、私の恋人がくれたのは、9人のおどる女達。」

 ロシュナはほほ笑みました。「ブレンダ・ナチニって、すごくおどりたがってたわよね。・・・」

第6章

 「『わたしは、靴がないことで不平を言っていた。足のない人に出会うまでは。』っていうことわざがあるわね。」

 ロシュナが学校へ行く準備をしていると、お母さんが謎めいたことを言いました。「何が言いたいの、お母さん?」 ロシュナがたずねました。

 「自分よりも境遇の悪い人は常にいるものだってこと。それを知ると感謝できるって、分かってきてるのね。」

 「靴かぁ・・・。」 そう言って、ロシュナはあごをかきました。「すごく欲しがってた人がいたなぁ。」

 「だれ?」

 「ブレンダよ。はだしの『ブレンダ・ナチニ』。」

 チトラシーはほほ笑みました。「先月あなたが10ポンドあげた女の子ね。」

 「ええ。靴さえ買えない人がいるなんてね。でも私、その10ポンドは靴を買うためじゃないって言ったの。彼女にお金をあげたのは、イーリングのユースセンターでボリウッドダンスのオーディションを受けられるようによ。」

 「この前の夜、あなたが参加したやつ?」

 「ええ。ブレンダは、ほかの8人の出場者を勝ちぬいたの。本当にすばらしかったわ・・・はだしでおどったのよ。」

 「あなたが気付いている以上に、人々があなたにとって大切な存在になってきているって聞くのは、すごくワクワクするわ、ロシュナ。」

 「そうなの、お母さん? どういうこと?」

 「人生は短いものだけど、あなたに良い影響を与えてきた人達は、あなたの大切な思い出になっているでしょ。時間がたつと、それがもっと分かって来るわ。そういった人達が時々、心の奥深くから飛び出してきたりするものよ。『これは、あなたの人生です!』に出てくるキャラクターみたいにね。」

 「例えば、だれ?」

 「昨日、結婚式のレセプションにいたハンサムな青年とかね。美しさは、見る人の目の中にあるんだってあなたに言った人よ。何ていったかしら、彼の名前・・・?」

 「ギャリー・・・ベネットさんね。彼が私に良い影響を与えたとは言えないわ。だって、みんながいる所で、私にあんなことを言うなんて。」

 「花嫁さんがジャスティン・ロードのどこが気に入ったのかしらなんて、あなたが言ったからよ。私達、マイケルの好意で頼まれて行ったんですもの、当たり前だわ。ジャスティンのお父さんがマイケルの上司だって、知ってるでしょう。」

 口をゆがめながら、ロシュナが言いました。「分かってるわよ。だけど、ジャスティン・ロードとお父さんと兄弟とおじさんと従兄弟達がみんなタキシードを着て、あの『間に合うように教会に連れてって』のラップバージョンをおどりながら飛びはね回るなんて、私には、動物園のお猿さんみたいだったわ。それにみんな、すごく酔ってたしね。他の人達は、どぎまぎしてたわ。花嫁さんもね。顔を見れば、分かるもの。だから私、その月の10ポンドは彼女にあげたのよ。何のためっていうこともないけど、ただ彼女が気の毒で。」

 「お姉さんって、やさしいのね。」 そう言って、マッチがロシュナの肩に手を置きました。

 ロシュナは思い出して、ビクッとしました。「まぁ、私ったら。すごく批判的だったわ。」

 「そうだね。」と、ティム。

 「だけど、学んでいるわ。」 同情のほほ笑みを浮かべながら、マッチが言いました。

 「そうだといいんだけど。私って・・・。」と、ロシュナ。

 「お姉さん、キャロルを聞いてよ。」と、ティム。

 「クリスマスの10日目に、私の恋人がくれたのは、10人の飛びはね回る紳士達(※英語ではlord)・・・」

 ロシュナはぼうぜんとしました。そして、指を数え始めました。「ホントにすごいわ・・・。ロードさん一家。お父さんと、二人の兄弟と、二人のおじさんと、四人の従兄弟。本人を含めて、10人よ。10人のロードさん達がはね回っていたんだわ!」

 「そして、11人の笛吹き達ね。」と、マッチ。

 「それって、いつかしら?」

 「ちょうどその翌日だよ。結婚式は10月の最後の日だったから。新婚さん達はその翌日、ハネムーンでそそくさとグレトナグリーンに旅立ったよね。お金に糸目はつけなかったみたいで、キルトを着たバグパイプ奏者達が出迎えに来て、■2人■をホテルまでエスコートして行ったものね!」

 「だけど、それが私と何の関係があるの?」と、ロシュナがたずねました。

 「全部だよ、お姉さん。バグパイプ奏者は、11人いたでしょ。」

 「クリスマスの12日目に、私の恋人がくれたのは、12人の太鼓をたたくドラム奏者達・・・」

 たいていの時、フランシスは冷静にふるまっていました。ロシュナには、フランシスの体の中で動くものと言えば、彼の活発に動く濃い色の目だけだと思えるくらいでした。それで、ホタルみたいだなと思っていました。クリスマスの2週間ほど前の夜、いつものようにいっしょに公園を散歩していた時、ロシュナがそれをぽろっと口に出したことがありました。

 「ぼくの目が、かい、ロシュナ? ホタルみたいだって?」

 「あなたを見ていたら、ふとそう思えて口に出てしまったの。ごめんね。」

 「謝ることなんてないよ。何世紀もの間、ふとした賢い思いつきのために人々はお金を払ってきたんだ。ブレイズ・パスカルのことを考えてごらんよ。」

 「パスカルって? どんな人?」

 「『パンセ』の著者。パンセはフランス語で、『思想』っていう意味だよ。」

 「それは分かってるんだけど。フランス語は学校で勉強してるし。でも、自分のあまり知らないことに関しては、だまってたほうが良さそうね。」

 「それはいいことだよね。『おろかな者でさえ、だまっていれば賢いと思われる!』ってあるからね。」

 「私って、おろかかしら?」

 「まさか。君には興味津々さ。だから、たずねたんだ。」

 「私は自分のこと、そうは思わないわ、フランシス。どっちかって言うと、私は・・・何て言ったかな? 浅はかよね? 現実主義で、罪でまみれてるわ。少なくとも、私の思想の中ではね! 私の思想は、その人の『パンセ』みたいに教養もないし、高尚でもないわ。だれって言ったっけ?」

 「ブレイズ・パスカルだよ。読んでみるといい。だけど、何が罪深いって思うんだい?」

 ロシュナはため息をついて、あきれた表情で言いました。「例えば、食べ物よ。う~ん。寝ることもかな。スポーツもそうかも。それから、欲求が強すぎるとか・・・分かってるでしょ・・・」

 「言ってくれないと、分からないな。だけど、もし・・・」

 「ほら、ホタルがおどってるわ、フランシス。それを見るのが大好きなの!」

 フランシスが笑いました。「やめろよ、ロシュナ。そうでないと、もう聞かないぞ! それはそうと、今度の夜、いっしょに出かけないか?」

 「そうねぇ。だけど、ミニストリーへのコミットメントはどうしたの?」

 「それは、まだこれからだよ。」

 「じゃあ、その『夜のお出かけ』っていうのは、いつ、どこでの話?」

 「来週の土曜日。イントランジットクラブだよ。」

 ロシュナはわざとらしいため息をついて、まゆをひそめました。「どうかしら。ありふれた(dime-a-dozen*)ドラムの繰り返しよね・・・『ループス』って言ったかしら?」

*英語では、ありふれたもののことを、10セントで1ダース、つまり12個買えるほど安価という意味でdime-a-dozenと表現する。

 「音楽にくわしい人は、そう呼んでるかな。だけど、何でそんなこと、知ってるの?」

 「母のボーイフレンドからよ。彼は、そういったことをいろいろと教えてくれるの。実際、それってものすごくかっこいいわ。」

 「そうだね。じゃあ、来てくれる?」

 「ええ、もちろんよ。」

  • * * *

 「そらね、お姉さん!」 ティムは、ロシュナのうれしそうな表情を、目を丸くして見つめました。「ありふれた(dime-a-dozen)ドラムのループス! 12だよ。」

 「すてきな経験だったわ。」 ロシュナがなつかしそうに言いました。「だけど、私って、どうしてこんなに・・・『祝福』されてるって言うのかしら?」

 ティムがうなずきました。「クリスマスの本当の意味は、1年中のためのものだからね、お姉さん。与えて、与えて、さらに与える。種をまいて、まいて、さらにまくってことだものね。」

 「そして、それを続けることよね。」と、マッチ。「それが、お姉さんのしたことだわ。」

 「だけど、ここ1年の毎月に起こったことが、このキャロルにこんなに関係ある意味深長な経験だったなんて、どうして今まで気が付かなかったのかしら? 特に、去年のクリスマスはすごく見下した態度を取っていたのに?」

 「彼は、ふしぎな方法で奇跡を行われるんだよ、お姉さん。」と、ティム。

 「だれが?」

 「万能の神様よ。」 マッチが答えました。

 「神様が、みんなを祝福してくれますように。」と、ティムが言いました。

 そう言うと、ティムは、マッチや他のシンガー達と共に、ロシュナの前から消えていきました。

 ロシュナはゆっくりと立ち上がって、あてどもなく歩いていました。今まで彼女が会っていた人達は、白っぽい金色の光に包まれてぼんやりと輝いているように見えました。彼らが実際に白い服を着ていたのか、彼らの着ていた服は何色だったのかも、はっきりと思い出せません。ティムとマッチとは実際、握手もしたので別ですが、その他のシンガー達は実在していたんだろうかとさえ思えてきました。

 (お抱え運転手、フランシス、彼の両親と弟、バレエ、ティムとシンガー達・・・。)

 すべてのものが、ロシュナにとっては夢だったように思えます。今までの出来事についていろいろと考えながら歩いていると、急に、冬の寒さが吹き飛んで、全身が暖かさに包まれたように感じました。車のクラクションの音で、ロシュナははっと我に返りました。年代物の古びたモーリスマイナー車が彼女の横でいっしょに進んでいます。

 ロシュナはブルブルっとふるえると、足を速めました。車が止まって、粗末な制服を着た男の人が出てきました。

 「お嬢様、家までお送りいたします。もう、サウソールへ行く電車はありませんよ。」 その人が大声で言いました。

 もうちょっとで、ロシュナはさけぶところでした。が、その人は、フランシスのお抱え運転手のヘンリーでした。

 「だ、だけど、あの車は・・・BMWは・・・」

 「もう12時を過ぎましたからねぇ、お嬢様。そう言っておいたでしょう。12時前までにお家に送らなければ、私達は元の姿にもどってしまうって! もう遅過ぎるようですね。つまり、カボチャにもどってしまったわけですよ!」

 「何てヘンなのかしら。」と、ロシュナ。

 「全くね。さぁ、早く中に入って。そんなところに立っていたら、凍え死んでしまいますよ。」

 ロシュナは、自分の着ている服を見ました。もう、黒いカシミアのマキシコートではありません。すり切れたジーンズに、ただのオリブグリーンのカーディガンだけです。

第7章

 「ふぅ~ん・・・」 ロシュナはコンピューターデスクから立ち上がると、リビングルームの窓から外を見ました。霧が深く、道はぬかるんでいます。「今日は、いつだったかしら?」

 「日曜日よ。忘れたの?」 チトラシーは、ふしぎそうな表情をしました。

 「昨夜帰ってきたのがおそかったから、時間の感覚がズレちゃったんだよ!」と、ナンディ。

 「ちがうのよ、クリスマスから何日目かっていうことよ。」

 「今日は元旦だから・・・1,2・・・」

 「8日目だね。」 ギターをつまびきながら、マイケルが答えました。

 「8人の、牛の乳しぼりをするメイド達かぁ。」 ロシュナがボソッと言いました。「特に意味深長なことはないみたいだけどなぁ。」

 「だけど、新年は新しいことの始まりを象徴しているわ。新しい人生とかね。」と、お母さん。

 「そうね。だけど、それじゃ十分じゃないわ。」

 「一体、何がそんなに気になるの、ロシュナ?」

 「分からないのよ。この1年間にあったことを思い出してみると、毎月何らかのしるしみたいなものがあるんじゃないかって、考えてるの!」

 すると電話が鳴り、チトラシーが受話器を取りました。「あ~、はい。」 声の調子が、いつもとちがいます。「よく分からないのですが・・・。ミルクメイドで、ですか? それなら、娘のほうでしょう。今、代わりますから。」 ロシュナの「ちがう、ちがう」の合図をよそに、お母さんは受話器を渡しました。

 「は、はい? 私ですが。ロシュナです。どうしてこの電話番号が分かったんですか? そうですかぁ。びっくりです・・・。ピ、ピーターさんですね。じゃあ、また。ありがとうございます。はい、あなたも良いお年を。」

 ロシュナは受話器を置きました。とても驚いた目をしています。「8人の牛の乳しぼりをするメイド達って、このことだわ。」

 「すごいじゃない。」 そう言って、チトラシーはまたチャイを入れるために立ち上がりました。「新年の変化のために、マイケル、あなたから子供達に、これからの計画を話したらどうかしら。」

 せきばらいをすると、マイケルが言いました。「じゃあ、まず手始めに。今ぼくは、チトラシーの妹さんが、ここイギリスに引っ越して来れるように、新しく入ってきた収入の一部を、そのために貯めているんだ。」

 「すごいね。」と、ナンディ。

 「お母さんは、すごくうれしいでしょう。」と、ロシュナ。

 「ええ。だけど、それだけじゃないのよ。あなた、説明して。」

 そこでマイケルは話を続けました。カリフォルニアに行ったサドヒル・グプタと離婚の手続きも終わるころ、サドヒルはサクラメントの女優志願の人と恋仲になり、一方、チトラシーとマイケルは、伝統的なヒンズー教の結婚式を挙げることにしたということでした。

 「君達は、名字がリドリーになっても構わないかなぁ?」 びっくり仰天はしたけれど、うれしそうな子供達にマイケルがたずねました。

 ロシュナとナンディは肩をすくめました。が、4人でウエストハムステッドに引っ越す話を聞くと、顔を輝かせました。

 「広い庭があって、道路の向こう側は、低木地になってるの。」と、チトラシー。

 「それに、ぼくはついにあきらめて、車まで買うことにしたんだ。トヨタの四輪駆動車だよ!」と、マイケル。

 「ねぇ、聞いてもいい?」と、ナンディ。「一体どこから、そんなにたくさんのお金が入ってきたの?」

 マイケルはギターを置くと、初めて二人の子供達に、ここ2年くらいの間に起こったことを説明しました。印刷業が停滞したため、マイケルは、新聞や雑誌の出版を含めたオンラインの出版業に投資していました。ところがそれは思惑通りには行かなかったため、彼は結局自分で「ライクマインド(※同じ気持ちという意味)」という、オンラインのネットワークでコラボレーションする会社を立ち上げたのです。

 「そしたら、それが成功して、急にお金がどんどん入ってくるようになったという訳さ。それで、あっという間に巨額の資金ができたんだ!」

 「それで、ハムステッドに家を買ったという訳なの。」と、チトラシー。

 「便乗しているように思えるかもしれないけど、この孤立した個人主義という虚しさをオンラインで調べてみると、ビジネスや友情や恋愛なんか、あらゆる面でだれかとつながりたいという人々の願望があって、それがお金になると気付いたんだ。そういった願望が、今までになく大きくなっているっていうことさ。別世界とでもつながれそうなくらいだよ・・・。」

 突然、コンピューターのモニターをちらっと見たロシュナがギクリとしました。「ティムだわ!」

 「ティムって?」

 「ティムよ、お母さん・・・。クリスマスキャロルを歌っていたシンガー達の一人。『クリスマスの12日』を歌っていたでしょ。昨夜、彼と会ったの。今、ツイッターで新年おめでとうって言ってきたのよ。彼って、もしかしたら・・・。まさかね。」

 「小さなティムとクリスマスシンガーズのこと? 去年『クリスマスの12日』でヒットしたかっこいいグループでしょ?」と、ナンディがたずねました。

 「ちがうと思うわ。その曲を歌ってはいたし、似てはいたけど、何て言うのかな、まるで天使みたいだったの。小さな女の子もいっしょだったのよ。マッチっていうニックネームの子。以前、マッチを売っていたからなんだって。」

 「そりゃ、すごいや。去年の彼らのヒット曲は、『マッチ売りの少女』だったからね。それを歌うために、新しいメンバーが増えたんだ。それが、マッチっていう女の子だよ。どんな感じの女の子だった?」

 「小柄で色白。肩まで来るブロンドの巻き毛。完全に、ディケンズの作品に出てくるホームレスの子みたいだったわ。」

 「彼女みたいじゃないか。」

 すると、マイケルが言いました。「だけど、彼らではあり得ないよ。彼らのバンドは昨日まで、行方不明だってニュースで言ってたからね。クリスマスイブコンサートでダブリンに向かう途中、飛行機が行方不明になったんだ。自家用ジェット機がレーダーから消えることはよくあることだよ。だけど、結局アイルランド海に墜落したことが分かってね。生き残った人はいなかったそうだよ。」

 ロシュナはわなわなしながら、ぼそっと言いました。「も、もちろん、そうよね。彼らであるはずがないわ。そんなニュース、ちっとも知らなかった。おかしいわね。」

 「聞いてないの? そこらじゅう、そのニュースで持ちきりだよ。」と、ナンディ。

 「最近私って、少しボ~ッとしてるのよ。」と、ロシュナ。

 チトラシーは首を振って、ロシュナの肩に手をかけました。「圧倒されてしまいそうなことばかりだものね。だけど明るい面を見るなら、去年あなたが与えたせいで受け取った反響から考えてみると、これからまだ何が起こるか、分からないわよ。まいたものを、確かに刈り取っているもの。きっと、これからもそうなるわ。」

 「お母さん、まくって、何を?」

 「愛をまいたでしょ。」

 チトラシーの言葉で、部屋はシーンとなりました。マイケルはギターをいじり、ナンディは自分の足を見つめています。ロシュナは息をひそめて、涙をぐっとこらえていました。

 ついに、ロシュナが口を開きました。「だけど、それって、本当の私じゃないわ! 私って、ひどい人間だもの。」

 「そんなこと、ないわ。」と、チトラシー。「こんなにすてきな娘がいる親は、世界中どこにもいないもの。」

 「こんなにすてきな養女がいる親は、世界中どこにもいないよ。」と、マイケル。

 「こんなにすてきなお姉さんがいる子は、世界中どこにもいないよ。」と、ナンディ。

 すると、電話が鳴り、ロシュナが受話器を取りました。ロシュナは相手の言葉を聞いて、あっけにとられました。

 「こんなにすてきな・・・何ですって?」 ロシュナが受話器にささやきました。「な・・・なぜ・・・考えておくわ。昨夜は、ごめんなさい。・・・ただ、一人で考える時間が必要だったの。何て言ったらいいか分からなくて・・・ええ、もちろんよ。」

 ロシュナは首を振りました。しばらく目を閉じていましたが、やがて「お休み」とささやいて、受話器を置きました。

 「フランシスだったわ。ただ、新年おめでとうって言いたかったのよ。」 ロシュナは、夢見心地です。

 チトラシーはクスクス笑いました。「ただ? それだけじゃないでしょ。世界一すてきな・・・何て言われたのよ?」

 「将来の・・・う~ん・・・。つまり、みんな、これからもっとひんぱんに彼に会うようになるってことよ。」

「それはすてきね。」

 「つまりね、お母さん。もしお母さんの許可があれば、彼は明日私といっしょに出かけたいっていうこと。そして、その後もずっとそうしたいって・・・」

終わり

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