友一と畑
「うわぁ、すごいぞ!」 まだ 育ち始めたばかりの 明るい オレンジ色の カボチャを ポンポンと たたきながら、友一が 言いました。昨夜から、もう 二回りほども 大きくなっているようです。「おまえも、兄ちゃんカボチャ達みたいに 大きな カボチャに なれるよ。」
お母さんが 作ってくれる いろいろな カボチャ料理を 思いうかべて、友一は にっこりと ほほえみました。カボチャの 甘辛煮、カボチャの 天ぷら、カボチャの 入った 汁物・・・。友一は、カボチャが 大好きです!
友一は そこに 立って、のびを しました。今朝は とても 幸せな 気分です。畑では、たくさんの 野菜が よく 育っていました。真っ赤な トマト、青々と しげった ほうれん草、カボチャ、サツマイモ、ナス、ジャガイモ、それに にんじん・・・。みんな、友一が お父さんを 手伝って、いっしょに 植えた 野菜ばかりです。畑の すみには 美しい 梅の 木が 立っていて、みきは 生いしげった 葉の かげで 黒く 見えます。背の 低い 柿の 木には、小さな 柿の 実が つき始めていました。うれて 食べられるように なるには、まだ だいぶ 時間が かかるでしょう。
畑を 見回してみると、ナスの 周りに 雑草が 生え始めています。「雑草は、小さいうちに ぬいておかないと。」 友一は、お父さんが 雑草について いつも 言っていた 教訓を くり返しました。「雑草は、そのまま 放っておくと、野菜が 大きく 栄養たっぷりに 育つのに 必要な 養分を、土から うばってしまうから!」
友一は、畑の 野菜を 世話するのが 楽しみでした。野菜の 種は、いったん 水を たっぷり 吸った 地面の 中に もぐりこんだかと 思うと、やがて 芽が 土を おし上げて 顔を 出します。そんな 様子を 見るのが、友一は 大好きでした。畑仕事の 中でも、友一が 特に 好きなのは、収穫です。家族総出で トマトを もぎ、野菜を 取り入れて、大きな かごに 集めるのです。ジャガイモは、くわで 掘り起こします。それは まるで 宝探しのようだと、友一は 思います。地面の 下で 育った ジャガイモを、一つ残らず 見つけ出さなくては ならないからです。
腰を かがめて ナスの 周りに 生えてきた 雑草を ぬき始めると、だれかが 友一を 呼ぶ 声が します。目を あげると、友だちの 拓が 木刀を かざしながら、こちらへ 走って来ます。拓は、侍の 子です。
「見て!」 興奮した 声で 拓が さけびました。「わしの 刀なんだ!」
友一は、拓の 新しい おもちゃを しげしげと 見つめました。「すげえなぁ! わしにも、そんなんが あったら いいなあ。」
拓は 笑って、うれしそうに 飛びはねました。「そうじゃろう、そうじゃろう! なぁ、いっしょに 遊ぼうや。」
友一は、今まで 草取りを していた ナスの 畑を ふり返りました。ナスは もはや、つい さっきまでのように 興味深くは 見えません。「最初に これを 終わらせにゃ いけないんだ。ちゃんと 世話せんと、ナスが 苦しむからね。」
拓は 敵と 戦っている ふりを して、木刀を ふり回し始めました。「そんな こと、だれにも わからんよ。それに、一体 どうして そんな こと してるの? おまえの 母さんにだって、簡単に できるだろ。」
「わしは、畑仕事が 好きなんじゃ。」と 友一が 答えました。でも、どのくらい 好きなのか、自分でも だんだんと 気持ちが ゆらぎ始めました。
「だが、本当に 今、畑仕事を したい 気分なんか?」
「あぁ・・・そうだと 思っとったんやけど・・・。やっぱり 今は、遊びたい 気分や。もう少し したら、また 畑仕事を する 気分に なるだろう。そうしたら、その時に 雑草を 始末するわ。」
友一と 拓は、村の 近くの 川の 浅い ところで、日中の 大半を 過ごしました。松の 丘に 登って 両うでを 広げ、空高く まい上がる タカの まねを して 遊びました。そでの 中には、拾い集めた ピカピカの 石を いっぱい 入れて、戦の まねごとを して 遊びました。木刀を 持っていたのは 拓だけだったので、毎回 戦ごっこに 勝つのは、拓でした。
「今日は、どうだったかい?」 シャケと たくわんと ご飯と みそ汁の 夕食を 囲みながら、お父さんが たずねました。
「拓と 遊んだよ。」 そう 答えながら、友一は 急に、それが 丸1日を 過ごす 最善の 方法では なかったのでは ないかと 感じ始めました。
「楽しかったか。」 みそ汁を すすりながら、お父さんが 言いました。「恵まれた すばらしい 夏の 日々は、本当に 大切だからのう。」
しばらく すると、お父さんが 気がかりそうに 言いました。「今日、ナスの 畑に 雑草が 生えておったが。おまえは ふだんから 十分 気い使うて、雑草が 生えないように 見てくれとるが、今日は 気ぃ つかんかった ようだね。」
「父さん。雑草は 見たんだけど、今朝は 畑仕事を する 気分で なくて。」と 友一が 答えました。
「おまえは 去年、母さんを 実に よく 手伝うてくれた。それで、今年は おまえに 畑を 任せることに したんじゃ。畑の おかげで、わしらは 漬物やら 梅干しやら 干し柿を、冬の 間でも 食べることが できるんじゃぞ。」
「分かってるよ。」 友一は 弱々しい 声で 言いました。
お父さんは、友一の 肩に 腕を 回しました。お父さんの 目は 輝いています。「飯が すんだら、おまえに 見せてぇ もんが ある。」
その夜、友一と お父さんは 畑の すみに 立ちました。周りでは ホタルが ピカピカ 光り、その他の 虫たちも 飛び交っています。
「これは 何だと 思うか?」 そう 言いながら、お父さんは 浴衣の そでから、色が うすくて 平べったい 種を 一つ 出して、友一の 手に にぎらせました。
「カボチャの 種。いつか、これは カボチャに なるんだね。」と 友一が 答えました。
「本当か? じゃあ、この 種を ここの 地面に 置いておけば、5か月後に もどってきた 時に、ここに カボチャが あるって ことだな?」
「いいや、父さん。もし このまま ここに 置いとったら、鳥に 食われるか、風で どっかに 吹き飛ばされて しまうよ。ちゃんと 植えないとね。」
「では、ここに 植えれば、その後は そのままに しておいて いいんだね?」
友一は 笑って 言いました。「もちろん、だめさ! 種には 水を やらないと いけんし、肥料も 必要だもの。それに、虫が 来て 葉っぱを 食わないように しないと いけんし、雑草も 生えないように しないと いけないからね。」
「そうかぁ、大変な 仕事だなあ!」 お父さんが ほほえみながら 言いました。「じゃあ、来年は カボチャの 種 植えるのは、やめに しよか?」
「カボチャの 種を 植えないの?」 友一が 声高に 聞き返しました。
「それから、ナスの 種も、トマトの 種も。種は 何も 植えないことに するんじゃ! 世話するのが 大変だろ? おまえには 楽しんで もらいたいからのう。」
「だけど、冬の 間は 何 食べるの?」
「そうだなぁ。そのころに 野菜を 植えるかのう?」
「それじゃあ、間に 合わんよ! おてんとさんが 十分に 照らんし、何を 育てるにも 寒すぎるもの。」
「だが、おまえは 畑を やるより、野原で 拓と 遊んでいたいと 思わんのかい?」
友一は だまって しまいました。 その日、ただ 遊びたがってばかり いたら どうなって しまうのか、将来の ことまで 考えられて いたならなぁ、と 思いました。
お父さんは 友一の かたに うでを 回しました。二人は、家の 前に かけられた ちょうちんの 明かりに 照らし出された、まっすぐに 並んでいる トマトや ナスや ほうれん草や にんじんや ジャガイモや カボチャの 列を、じっと 見つめていました。
「わしらが 気分の 向くことだけを するのは、一時の 楽しみの ことしか 頭に ないからじゃ。だが、そういった ことは ふつう、暗くなって しまったら おしまいじゃ。
わしも、つかれて 魚を 取る あみを 下ろす 気が せん ことも あるが、おまえや 母さんの ことを 考えると、喜んで そう したく なるんじゃ。それで 家族が ちゃんと 世話され、おまえも 幸せに なれると 知っとるからね。」
翌朝、昨夜の お父さんとの 会話で 決心の ついた 友一は、さっと 下駄を はくと、いそいそと 畑に 出て行きました。
「今日は、おまえさん達の 周りに 生えとる 悪い 雑草を、一つ残らず ぬいて やるからな。」 友一は ナスに 話しかけました。畑仕事を する 喜びが もどってきたのです。ナスは、ただの ナスでは なく、これらの 野菜全部が、1年中 おいしい 食べ物を 食べることが できるという、大切な 意味を 持っていました。
「おい、友一。」 聞きなれた 声が します。「また 遊びに 来たよ!」
「悪いんだけど・・・」と 友一。「今日は、午後まで 遊べないんだ。まず、畑の 雑草を 始末せんと いけないからね。」 友一は 愛想よく、しかし きっぱりと 言いました。
拓は、友一の まじめそうな 話し方に びっくり。一体 どうなっちゃったんだろうと、頭を かしげていました。そして、そこに 腰を 下ろすと、聞きました。
「1日中 遊んでいたいのに・・・かい?」
「そうだねぇ、もし わしが 野菜の 世話を しなかったら どうなるかを 考えてみるとね、やっぱり、今は 野菜の 世話を して、遊ぶのは その後じゃ。」
「それじゃ、ちっとも 面白く ないじゃ ないか!」 拓は むっつりした 顔で 言いました。
「そのことなんだけどね。」 友一が ほほえみながら 言いました。「おまえに 言われて よく 考えてみたら、やっぱり 畑仕事は 楽しいわ。ナスが 大きくなって うれるとね、丸々と 太って ピカピカの 紫色に なるんだよ。すると、母さんが ナスを 焼いてくれる。ものすごく うまいんだ! 母さんも 喜んでくれるし、父さんも 誇りに 思ってくれる。わしも それが うれしいんだ。
おまえは 大きく なったら、お父上みたいに お侍さんに なりたいのかい?」 今度は 友一の ほうが 拓に たずねました。
「分からん。わしは、遊びたい 気分の 時は、遊ぶ。トンボを つかまえたりなんか してな。それから、ただ ねどこに ねっ転がって 何も しないのも、すごく 気持ちいいよ。先の ことなんか、考えないさ。」
「ふぅ~ん。あのな、それは わしの カボチャみたいな ものさ。もし わしが ちゃんと 世話しないなら、カボチャは 虫に 食われたりする。カボチャが じょうぶで 大きくなるためには、わしが 自分の 役割を 果たさないと いけないんだ。わしは、大きく なったら、今 ここに あるだけじゃ なくて、もっと たくさんの 野菜を 育てたい。だから、今 できることを して 学ばんと いけないんだ。大きく なったら、いい お百姓に なれるようにね。」
ちょっと 考えた末、拓が おずおずと たずねました。「わしも 父上のように りっぱな 侍に なれると 思うか?」
「ああ、思うよ。おまえは 木刀さばきが 上手だしね。だが、修行は 必要だろう?」
拓は 得意そうに むねを 張りました。それから、ため息を ついて 言いました。「だが、わしは 何を したら いいんだろう?」
「遊びほうけてばかりは おられんだろう。だが、こつこつと がんばりゃあ、いつかは りっぱな お侍さんに なれる。わしが 畑を きちんと 世話していれば、将来 りっぱな お百姓に なって、たくさんの 野菜を 育てられるように なるのと 同じにね。」
拓は、友一が 雑草を ぬき続けるのを じっと 見つめていました。「なぁ。わ、わしの 木刀を、畑仕事に 使ってみないか?」 拓が たずねました。
友一が 断ろうとすると、拓が すばやく 付け加えて 言いました。「これを シャベルか すき代わりに するんだ。いいだろう?」
「そりゃ いいね! ありがとさん! わしが ここ 終えたら、遊ぶか?」
「うん。じゃあ それまでの 間、わしは 父上の ところへ 行って、侍に なるためには 何を 学んだら いいか、聞いてくるわ。」
拓の 後ろ姿を 見守りながら、友一は、拓が よろいを 着て 馬に 乗っている りっぱな 侍姿を 想像しました。それから、自分たちの 畑から 収穫される 数々の 野菜を 思い浮かべて、にっこりしました。