世界を見たがった木のお話
ある曲がりくねった小川のほとりの草地に、カシの若木が生えていました。そのそばには、優雅で堂々とした大きなカシの木が2本、そびえ立っていました。この小さな若木の名前は、スプリグスといいました。スプリグスは、この堂々としたカシの木たちを尊敬していました。彼らは長い年月の間、ずっとここに立って、見たり経験したりしたことから数多くのことを学んできたからです。
スプリグスはたびたび、今までに見てきたことについての話をしてほしいと、大きなカシの木にねだりました。彼らは、枝の下に来ては遊んでいた子供達についての話や、はげしい嵐をやり過ごした時の話、何日も雨が降り続いて小川が土手からあふれ、洪水になった時の話など、その辺りの草地で起こった数々の出来事についての話をしてくれましたが、スプリグスは決して聞きあきることはありませんでした。
3本のカシの木が生えている草地は、美しくて平和に満ちていました。地面は草におおわれ、まるでやわらかい緑色のカーペットをしきつめたようでした。そして、そこらじゅうに色とりどりの花が散りばめられていました。小さくて白いスノードロップに黄色いラッパズイセン、それに赤いポピーが、春のそよ風に吹かれてなびいています。ミツバチがせっせと仕事にはげむ中、明るい色のチョウは優雅におどりながらそこらじゅうを舞っています。そんな中で、この小さなカシの若木は、何かが物足りなく感じてしょうがありませんでした。
ある晴れた日のこと、スプリグスはことさらにふさぎこんでいました。「どこかちがう所に生えていたらなぁ。ここはきれいだけど、何も起こらない。あまりにも平和過ぎるんだよ。」
年長のカシの木達がそれを聞き、小さな若木の願いについて、じっと考えていました。
「なぁ、スプリグスや。この場所こそ、創造主がわし達にお定めになった場所なのだということを、忘れてはいかんぞ。」 一番大きなカシの木が言いました。
「分かってるよ。だけど、それでもぼくは、世界中を見てみたいんだ。ツバメさんが、今までに見たり聞いたりした場所の話をしてくれたんだけど、山や、砂漠や、ジャングルなんか、いろんな所があるんだって。それを全部見ることができたらなぁ!」
すると、別のカシの木が言いました。「確かに創造主は、様々な不思議に満ちた美しい世界を造って下さった。だが、私達にはみんな、創造主の与えて下さったそれぞれの場所があるんだ。そしてここが、私達の場所なんだよ。」
「だけどぼく、小川やちょうちょや、ミツバチのブンブンいう音に、もうあきちゃった。冒険がしたいんだよ!」
大きなカシの木が、低くとどろくような声で言いました。「スプリグスよ。創造主は、わし達にそれぞれ祝福された場所をお定めになった。養分があって、ちゃんと成長していける場所をな。不平は禁物じゃ。」
小川の水は、カシの木が生えている近くからわき出していました。そのせいで、カシの木の根は水でたっぷりとうるおっていました。暖かい日差しは豊かにふり注ぎ、葉っぱは必要な養分をたっぷりと作ることができました。がんじょうな樹皮は、虫の攻撃から木を守ってくれていました。
時折、嵐が来ると雷がとどろき、稲妻が空いっぱいに光り渡りました。けれども、カシの木に被害がおよぶことはありませんでした。創造主は、常に必要なものを供給し、守って下さっていたのです。
若木は頭をたれて、うなずきました。けれども、気分は全く晴れません。周りは美しいものばかりなのに、若木にはもはや、それらのものが目に入らないのです。
若木にとっては、秋と春が最もつらい季節でした。秋には渡り鳥がみんな、より暖かい場所へと飛び立つ準備をするからです。鳥達はカシの木の枝に集まって、これから出発しようとしている旅について、いろいろとおしゃべりします。すると、スプリグスはいっしょに行けないので、取り残されたように感じて悲しくなってしまうのです。そして春が来ると、鳥達は、渡りや南の暖かい場所についての土産話を持って帰ってきました。
スプリグスは、見たことのないすばらしい地を見る夢を見ていました。金色に輝く砂でいっぱいの海辺や、分厚い雪の毛布に包まれた雪山、うっそうと生い茂った草木でいっぱいのジャングル、それに、見事なシロナガスクジラが海で潮を吹いている・・・。
(より良い世界への冒険の夢さ。ミツバチやちょうちょや小川のせせらぎがぼくを眠りに誘うような場所じゃなくてね。)と、スプリグスは思いました。
若木のスプリグスは、旅して回ることを夢に見ては、目覚めるたびに、このような静かで冒険のない場所にいることをなげきました。
けれども、ある日の朝、何かが起こりました。その朝、太陽はいつもより明るく、熱く照りつけていました。こんなに太陽の日差しが強かったことなんて、今までにありません。そればかりか、小川のせせらぎも聞こえません。小川がどこにも見当たらないのです。(何が起こったんだろう?) 若木は思いをめぐらしました。周りのすべてが、今までとちがいます。
辺りを見回して、若木はあっと驚きました。いつもの草地の青々とした草ではなくて、辺り一帯が金色の砂ばかりです。植物はほとんど生えていません。ただ、小さな茂みがここそこにまばらにあるだけです。小さなスプリグスが見渡す限り、周りは砂、砂、砂ばかりです。
スプリグスは思いました。(何てヘンなんだろう。突然、すべてが変わってしまうなんて。それに、ああ、何て日差しの熱いこと!)
遠くの方に、とても変わった植物が生えています。枝の少ない木のようですが、枝には葉っぱが全然ありません。その代わり、体中がトゲでおおわれています。
(何て変わってるんだろう! 葉っぱは、一体どこについてるんだ?)
そういえば、自分だって秋に葉が落ちると、冬の間は枝しか残りません。まるで、死んだように見えることさえありますが、春になると葉はやがてまた生えてきます。けれども、ここはちがいました。突然やって来た新しい地は、寒くありません。事実、その反対です。草地での真夏の最高に暑い日よりも、ずっと暑いのです。
ついにスプリグスは好奇心に負けて、奇妙な植物に呼びかけました。「あのう・・・。あなたのような木は、今までに見たことがないんですけど。あなたは、木なのですか?」
「木だって?」 その植物は笑って言いました。「ぼくは木じゃない。サボテンなんだ。」
「うわぁ、面白いですね! サボテンなんて、今まで聞いたことがありません。」とスプリグス。
「そうかい。ぼく達は、砂漠が存在するのと同じぐらい、ずっと長くここにいるんだ。ぼく達は、砂漠に生える。ここが、ぼく達の家さ。」と、サボテンが教えてくれました。
「葉っぱはどこにあるんですか?」 若木がたずねました。
「葉っぱだって? ぼく達サボテンには、木のような葉っぱは生えないんだ。あのなぁ、砂漠はすごく暑くて、水もあまりないんだ。だから、創造主はぼく達をこんなふうに造って下さったんだよ。ほんの少しの水でも生きていけるようにね。」
「それはすごい。」とスプリグス。「確かに、あなたの言う通り、ここはすごく暑いですね!」
「君は、ここで何をしてるんだい? ここいらじゃあ、見かけない顔だが。」とサボテンが聞きました。
「よく分からないんですけど・・・。急に、ここに現れたんです。ぼくが覚えているのは、それだけなんです。」 そう言うと、スプリグスはため息をついて、周りの新しい環境を観察し続けました。
時間が過ぎていきました。最初、若木はこの新しい場所にわくわくしていました。めずらしいものが、それはたくさんありましたから! 小さなトビネズミは、乏しい食べ物を探し求めて地面を掘り起こしたり、巣穴に向かってちょこまかと飛び跳ねていました。はなれた所では、ミーアキャットがまっすぐに立ち上がって、天敵のハゲワシが来ないか、見張りをしていました。ヘビが、自分のすぐ前を静かにすべるようにはって行くのも見ました。スプリグスは、今までにヘビを見たことは1度しかありません。それも、ミズヘビでした。水のことを考えていると、ふとスプリグスは心配になりました。
(ここには水がない。少なくとも、目に見えるような水はね。それに、地面の奥深くを根で探っても、全然水分を感じないぞ。どうしたらいいんだろう?)
何時間もたつと、若木はだんだんと弱ってきました。葉はしおれ、茶色くなっています。しまいには、砂漠の砂の上に倒れ始めました。世界を見たいと願ったがゆえに、今は水のない見知らぬ場所にひとりぼっちなのです。あるのは、砂と焼け付くような日差しだけ・・・。スプリグスは、小川と草地と、それにちょうちょまでが恋しくなりました。
さて、太陽が地平線の向こう側にしずむと、寒い夜になりました。すべてが静かで動きがなく、そして、ひどく寒いのです。
「今度は何でこんなに寒いんだろう?」 スプリグスは独り言を言いました。「さっきまではあんなに暑くて、葉っぱもかれてしまったのに、今度は凍てつくほど寒いなんて。何てヘンな場所なんだろう! 草地にもどりたいなぁ。こんな所、好きになれそうもないや。」
すると、何の前ぶれもなく、いきなり荒々しい風が吹いてきました。それは、草地で吹いていたそよ風とはちがうし、今までに経験した嵐とさえ、全くちがっていました。荒々しくすさまじい風で、何百万もの砂粒が、たけりくるうようにうずを巻きながら砂漠を横切って来たのです。一粒一粒の砂が、まるで鋭い針のように、若木のやわらかい幹につきささりました。残っていたわずかな葉っぱも、今や全部はぎ取られ、おまけに枝もへし折られてしまいました。何という苦痛でしょうか! それから風は、始まった時と同じように、前ぶれもなく、ぴたりと止んだのです。後には、あわれな死につつある若木が残されていました。
「今のは、砂嵐っていうんだ。」 明らかに場違いの若木に何かしてやれないかと願いながら、サボテンがそっとささやきかけました。
若いカシの木は、返事をすることさえできません。力つきたスプリグスは目を閉じ、眠ってしまいました。
スプリグスが目を覚ますと、新しい驚きが彼を待っていました。また元気になっていたのです! 新しい葉が生え、根の周りにも水分を感じます。
辺りを見回すと、奇妙な光景がスプリグスの驚きに満ちた目に飛び込んできました。
「おい、こいつを見てみろよ!」 そばに立っている大きな木が声をあげました。「顕微鏡で見るような、ちっぽけな木だぞ。」 そう言うと、その木はどっと大笑いしました。
「こんなにちっぽけなやつなんて、今まで見たことねぇな。」 曲がりくねったツタも、笑いながら言いました。
「ここじゃあ、まず、生きてけないね!」 別の木が、とどろくような声で言いました。
今自分が立っている見知らぬ新しい場所は一体どんな所なんだろうと、若木は辺りを見回しました。どっちを見ても、今までに見たこともないような、背の高い巨大な木ばかりです。あまりにも大きくて、こずえさえ見えません。周りはヘンな植物でいっぱいです。葉っぱが乱雑に生い茂り、高い木からは長い根がぶら下がっています。ここに生えている植物はみんな、少しでも多くの地面をわがものにしようと、生存競争を繰り広げているようです。
色とりどりの鳥達は、ペチャクチャしゃべったり、さえずったり、ギャーギャー鳴きわめいたりしながら、そこら中を飛び交っています。サル達は、枝から枝へとぶら下がりながら飛び移っています。ここの植物たちはみんな、この環境で元気に生い茂り、幸せそうですが、スプリグスは自分がとても場違いで孤独に感じました。
スプリグスは、不安でこわくてたまりません。「何て変わった所なんだろう。それに、何て暗いんだろう! いつになったら朝になるのかな。」
「今はもう、お昼よ。」 そばに生えている蔓植物が、この見慣れぬ木をあわれに思って、教えてくれました。「熱帯多雨林のここには、ほとんど日光が差さないの。周りに大きな木がいっぱい生えてるせいでね。」
「だけど、ぼくは自分の養分を作るためには日光が必要なんだ。」 スプリグスが不安そうに答えました。「そうでないと、ぼくは死んじゃうんだもの。」
スプリグスは悲しそうに、草地での暮らしを思い出していました。「うちにいた時は、水が十分あるかなんて心配したことなかったし、日差しもちょうどよかった。だけど、ここは暗いし陰気だし、ものすごくじめじめしている。ここに生えている植物はみんな、この熱帯多雨林に合っているんだ。あまり日光を必要としていないし、ぼくみたいに根を張らせるための地面もあまりいらない。ぼくはどうしたらいいんだろう?」
今になってスプリグスは、不平を言ったり、他の場所に生えている木をうらやんだりしなければよかったと思いました。そして、草地で大きなカシの木が言っていたことを思い出しました。「自分の周りにあるものは、なくなった時ほど感謝することは決してないものだ。」 今になって、やっとスプリグスは、あのカシの木が言っていたことがどれだけ賢明なことだったか、分かったのです。草地では、スプリグスは美しいものや友達に囲まれていました。ミツバチやちょうちょもいたし、スズメやコマドリもさえずってくれました。草地をちょこまか走り回る小動物もいました。でも、ここではそのすべてがちがいます。
もはや、お日様を見ることはできないかもしれないといった思いに、小さなカシの若木スプリグスはたえられませんでした。スプリグスはゆっくりと目を閉じ、そして深い眠りに落ちていきました。
まもなく、スプリグスは不快な冷たい風で目を覚ましました。
「今度は一体どこなんだろう? 草地じゃないことは確かだな。だって、ここはすごく寒いもの!」 思わず、スプリグスは声を上げました。
「君がいるのは、高山の斜面だよ。」 低い声が、スプリグスのすぐ2,3歩ほど上の方に生えている松の木から聞こえてきました。「私は、この山の頂に向かって並んで生えている、最後の木なんだ。」
その木の向こう側には、不毛で岩だらけの斜面が、雪の積もった頂に向かって続いていました。上の方には、岩と雪しかないのです。地面は霜が張って白くなっています。
(まぁ、少なくともここなら、太陽にもっと近いし、日差しをさまたげるものはだれもいないよね。)とスプリグスは思いました。
「ここは、いつもこんなに寒くて雪が積もってるの?」 スプリグスは松の木にたずねました。
「いつもというわけじゃないよ。春の終わりごろから夏の始まりにかけては、短い間だけど、雪が解けて暖かくなるからね。だけど、ほとんどの季節はすごく寒いんだ。」
「そうかぁ・・・。いつも冬みたいな所にずっといたいとは思わないなぁ。」 スプリグスは、ため息をついて言いました。
松の木をよくよく見て、若木はたずねました。「こんなに寒いのに、どうしてそんなに緑色でいられるんだい? 冬には葉が落ちないの?」
「落ちないよ。ぼくは常緑樹だからね。」と、松の木が答えました。「創造主が、ぼくをそのように造って下さったんだ。寒さや風や雪にもめげずに、ここで生きていけるようにね。」
「だけど、ぼくは松の木じゃない! ただの小さなカシの木なんだ。体がだんだんしびれて、力がぬけてきたなぁ。樹液も凍り始めたみたいだし。ぼくは、ここにいるべきじゃないんだ。草地にいるべきなんだよ!」
またもや、スプリグスは死につつあるように感じました。葉は凍りつき、もろくなりました。
(あわれなおチビさんだ。) 松の木はそう思って、祈りました。「創造主よ、どうか、このあわれな若木をお助け下さい。もとの草地にもどれますように。」
「スプリグスや、もう朝だぞ!」 聞きなれた声です。
「ここはどこ? 草地なの?」 スプリグスは、こわくて目を開けられません。
「もちろん、ここは草地じゃ! おまえさんは、一体ここがどこだと思っとる?」と、年長のカシの木が言いました。
「草地にもどれて、ホントによかったぁー!」 満面笑顔になったスプリグスが、声を大にして言いました。
「草地にもどれたって?」 別のカシの木が聞きました。「おまえはどこにいたんだい? 昨夜はかなりの嵐だったが、確かにおまえはここにいたぞ。事実、嵐の間中、おまえはずっと眠ったままだったようだが。」
「だけどね、ぼく、あちこち旅してきたんだ! 最初はものすごく暑い場所で、サボテンや、いろんな砂漠の動物がいたんだよ。その次は、ヘンな生き物がたくさんいる熱帯多雨林だった。太陽がほとんど見えないんだ。そして最後は、高い山のてっぺん近くだよ。とても大きな松の木が立ってた。ものすごく寒かったんだ!
ぼくはもう、絶対に、草地にいることで不平なんか言わないよ。ここの草地はすごくきれいで、ぼくに必要なものは、すべてそろってる。創造主は、ぼくをカンペキな場所に植えて下さったんだね!」
「そういうことじゃ。」 2本のカシの木が、口をそろえて言いました。
終わり
文:ディディエ・マーティン 絵:ゼブ デザイン:ロイ・エバンス出版:マイ・ワンダー・スタジオ
Copyright © 2021年、ファミリーインターナショナル