新聞配達の少年
その日は、身を切るような寒いクリスマスイブでした。派手な広告やイルミネーションや騒音の中を、人々がせわしなく買い物に行き交っていたここ数週間とは打って変わって、街中は静かになっていました。通りは、急ぎ足で最後の買い物を済ませる人々にふまれて溶けた雪で、ぬかるんでいました。
夜が明けてきましたが、町はずれの陸橋の下に、あり合わせのぼろ布や新聞や古いぼろぼろの毛布でその場しのぎの寝床を作って眠っているホームレスの少年がいることなど、だれも気付きませんでした。
少年の名前は、ショーン。唯一の友達と言ったら、陸橋の柱の所で眠っている1羽のハトだけです。数羽のハトがそこに巣を作っていましたが、ショーンはその中でも特にお気に入りの1羽に、親しみをこめてウィスラーという名前を付けました。そして、自分のわずかな食べ物の中から、しばしばパンくずなどを、ウィスラーとその仲間のハトたちに分けてあげました。ショーンは、ハトたちのクークー鳴く声や、周りにいてくれることがうれしかったのです。
ショーンは、父親のジェリーを知りません。ショーンが生まれて間もなく、ジェリーは海外に赴任したからです。ショーンと母親には、質素でも居心地のいい家庭がありました。ショーンの母親はイエス様を愛し、日ごろから祈り、ショーンにもそうするように教えました。彼女の信仰をゆるがすものは、何もありませんでした。それは、ジェリーが働いていた船でひどい事故があったという知らせを受け取った時も同様でした。
何度も引っ越しを余儀なくされ、つらく困難な年月が続きましたが、その中でも、ショーンと母親は、聖書の神様の約束を読んで、自分達を鼓舞しました。二人は、きっといつか、万事は良い方向に向かうのだと、堅く信じていました。
ショーンの母親は、以前から体が弱かったのですが、年を経るごとに、さらに病気がちになっていきました。医者からは、もうじき死ぬであろうと告げられ、彼女自身も、天国の夫と共になるのは、もう時間の問題だと分かっていました。体が弱いため、ショーンの母親は働くことができません。そして、夫の事故死の調査も終わっていなかったので、会社からの遺族年金もまだ受け取っていませんでした。それで、二人はまもなく家を出て、粗末なアパートに移らなければなりませんでした。
ショーンは、働ける年になるとすぐに、新聞配達の仕事を始めました。それでかせいだお金は、学校と食べ物のためにあてられました。母親は、まだ十代だったころにこの国に来たので、彼女の死後、ショーンは完全に一人ぼっちになってしまいました。
病院のソーシャルワーカーからは、ショーンが州の養護施設に引き取られることになると説明されました。その夜、ショーンはアパートをぬけ出し、雨風がしのげて通行人の目にも付かない、バイパスの下に場所を見つけました。それ以来、ショーンはできるだけ目立たないようにして、路上生活をするようになりました。路上生活のきびしさを身に付け、母親のように優しくはない人々とどう接していくかも学びました。
さて、ショーンは橋の下でねっ転がりながら、ここ数か月の間に起きた、信じられない出来事の数々について考えていました。朝刊を配達することで、食べ物を買うには十分なお金が入ってきましたが、住む場所を借りるには足りません。
頭上からは、ショーンがウィスラーと呼んでいるハトが目を覚まして羽ばたいている音が聞こえてきます。ショーンが口笛を吹くと、すぐにウィスラーが舞い降りて来ました。朝食のパンくずを分けてもらえるのを知っているのです。ショーンは、パンの耳をポイと投げて言いました。「これから仕事に行ってくるからね。」 ショーンは下の歩道に向かって斜面を飛び降り、配達する新聞を取りに、販売店へ走って行きました。
ショーンは、その辺りでは、最速新聞配達少年として知られていました。歩道から、家々の玄関先の乾いたポーチにちゃんと落ちるように投げることができるのです。
とても苦しい生活でしたが、ショーンはいつも快活でした。そして今日は、陽気になれる特別な日です。何と言っても、クリスマスなのですから! よく晴れた寒いクリスマスの朝、ショーンは新聞を家々の玄関先に投げていきながら、各々の家のために短い祈りをしました。
「神様、この家の人たちに、楽しいクリスマスの日がありますように。そして、自分たちの持てるもの、家族や暖かい家庭、プレゼントやすてきな歌を感謝できますように。」
ショーンはペースを落として、母親のことを思い出していました。彼女はきゃしゃなやわらかい手をショーンの肩に置いて、こう言いました。「ショーン、わたしがいなくなったら、今まで神様が私達に下さった、いっしょに生きた人生や、あなたが健康なことなど、あらゆる良いもののことを思い出して、感謝するのを忘れないようにね。」
新聞配達も終わりに差しかかると、ショーンはささやきながら祈りました。「イエス様、あなたはいつも友達でいてくださいました。そして、お母さんが亡くなった後も、ずっとぼくのことを見守ってくださいました。あなたがぼくの祈りを全部聞いてくださっていることは分かっています。ぼくは、すてきな場所ですてきな人とクリスマスをいっしょに過ごしたいです。外は寒いですし、たった一人で路上にいるのは楽しくありません。イエス様、お願いです。もしできるなら、ぼくにまた家族をください。アァメン!」
そこからあまり遠くないある所で、地方のビジネスマンがぐったりとした様子でベッドから体を起こしました。ここ数か月の間は、貧しい家族のために新しい居住施設を用意したり、チャリティーショーを企画したり、家出少年少女やストリートチルドレンのためのシェルターを手伝うのに、ものすごく忙しかったのです。
クリスマスツリーはもう買ってありましたが、飾り付けはまだ、いくつかのライトとモールだけでした。彼は手早く飾り付けを終えると、ツリーの根元にコットンを敷いて、プレゼントを置きました。その日の午後には、近くのシェルターの子供たちに、そのプレゼントを持って行く予定でした。彼はひじかけいすに深く座ると、満足そうにうなずきました。
新聞配達先の最後の家の前に来ると、ショーンは新聞を玄関先に向かって投げました。投げた瞬間、ショーンの心臓は止まりそうになりました。新聞は玄関わきの小さな窓の方へ飛んで行ってしまったのです。新聞が当たると、窓ガラスは粉々に割れ、破片がそこらじゅうに飛び散りました。
ショーンはぼう然としました。ほかの新聞配達少年たちから、窓を割って、その家の人にひどくおこられたという話を聞いたことがあります。思わず、ショーンは逃げたくなりましたが、ふと、母親がすぐそばにいて、男らしくその事実に直面するようにと言われた気がしました。すると、頭の中で小さな声が聞こえました。「それに・・・逃げたってむだだよ。この通りで新聞配達をしているのは君しかいないんだから。」 そこで、ショーンは最善を望みながら、おそるおそる玄関に近づきました。
玄関先の窓ガラスが割れた音にびっくりしたビジネスマンは、だれかが家に押し入ろうとしているのではないかと、暖炉から鉄の火かき棒を取り上げて、やって来ました。おどろいたことに、玄関先には、みすぼらしい身なりの少年が体をこわばらせて立っているではありませんか。少年は、彼の手にある火かき棒を見ると、ますますふるえ上がりました。何が起こったのかを察した男性は、思わず爆笑しました。
「だいじょうぶだよ! 心配ご無用! 今日はクリスマスだし、君は寒そうじゃないか。中に入りたまえ。」
普通なら、ショーンは、見知らぬ人のそのような招きは断っているでしょう。けれども、この人には何か違ったものがありました。なぜか、なじみがあるように感じたのです。まもなくすると、二人はホットココアを飲みながら、笑っておしゃべりしていました。ショーンのみすぼらしい服を見て、一体この少年はどんな暮らしをしているのだろうかと思わずにはいられませんでした。でも、まだ会ったばかりの少年にはずかしい思いをさせないために、男性はあえて何も聞かないことにしました。
二人が夢中になっておしゃべりしていると、時間があっという間に過ぎて行きました。そして、男性が身の上話をし始めました。「昔、私は結婚していてね。だけど、海で事故にあってから、重体で何か月も入院していたんだ。ところが、事務員のひどいミスで、私が死んだと言う知らせが妻と息子に送られてしまった。妻の英語もたどたどしくて・・・。とにかく、私が帰ると、妻と息子はどこにもいなくて、あちこちさがし回ったが、見つからなかったんだ。だから、う~ん・・・私が死んだと思っているのに、帰って来るのを待ってくれてるはずなんか、ないよなぁ?
それで、わたしは他の人たちを助けることに人生を捧げることにした。子供たちや、家出少年少女や、貧しい人たち、家を失った人たちをね。自分の家族を見つけることはあきらめたが、彼らがどこにいても、無事で幸せであるようにと祈ってきたよ。
もし人生でこんな悲劇が起きなかったら、私は今ごろ、他の人たちに助けの手を差し伸べたり、私よりも恵まれない人たちを助けるようなことはしていなかったと思う。」 男性のほおに涙が伝いました。それから落ち着きを取り戻すと、彼は言いました。「君には、私のとりとめもない話はつまらないだろうね。ああ、ところで、私の名前はジェリー・ランドだ。君の名前は?」
ショーンは言葉が出ません。男性の話を聞いて、頭の中はぐるぐる空回りしています。部屋を見回すと、若い男性が赤ちゃんをだいた若い女性をだきしめている写真に目が留まりました。ショーンは、思わず頭がクラクラしました。その写真の女性は、自分の母親だったのです。ショーンは言葉に詰まりながら言いました。「ぼ、ぼくは、ショーン。・・・お、お父さん? その女の人・・・写真の女の人、ぼくのお母さんとそっくりなんだ。男の人のほうは、お母さんが持っていた古い写真と同じ人だよ。」
「ショーンだって?・・・今、君の名前はショーンって言ったのか?」 そう言うと、ジェリーの顔は青ざめました。
「うん。ぼくだよ。・・・お父さん!」
しばらくの間、少年と男性はおたがいのことをつぶさに観察しました。「こんなことって、本当にあるんだろうか!?」と、男性が言いました。彼は何年もの間、自分の家族を探し続け、そして数多くの挫折感を味わってきたのです。それが今、全く予期もしていなかった時に、この悩める少年と話していたら、それがずっと探していた自分の息子だったなんて、本当に信じがたいことでした。
男性は泣きくずれました。ショーンの目にも、涙があふれました。ショーンが手を伸ばして男性の肩に触れると、いつしか、ずっと前にいなくなった父親の腕にだかれていました。二人は泣きながら、だきしめ合っていました。ついに、男性が言いました。「お前がとうとう無事に帰って来たことを、神に感謝するよ! 全部、話してほしい! お母さんはどうしているかい?」
父親を見つけて胸が高鳴っていたショーンでしたが、心はまたしずみました。「お母さんは、重い病気にかかったんだ。やさしいお医者さんが診てくれて、何とかして助けようとしてくれたんだけど、お母さんの体はすごく弱ってて。お母さんは、もっといい場所に行くんだって言ってた。それから死んじゃったんだ。」 ショーンは、一生懸命涙をこらえました。「病院にいた時、いろんなことを聞かれたり、警察の人やソーシャルワーカーの人たちが来たりして、ぼく、こわくなったんだ。それで逃げ出して、それからはずっと、14番街の陸橋の下に住んでたんだ。」
ショーンの話で、二人はまた泣いて、おたがいをしっかりとだきしめ、またいっしょになれたことを感謝しました。
「お腹は空いているかい、ショーン?」
「うん、ペコペコだよ。」と、ショーンが答えました。
「それじゃあ、どこかに食べに行こう。それから、買い物もしよう。新しい服が必要そうだからね。そして、暖かいシャワーを浴びて、さっぱりしないとな。」
その夜、父親と息子は、今までいっしょに祝えなかった全部のクリスマスとサンクスギビングと父の日を祝いました。考え付く限りのお祝いは、すべて祝ったのです。けれども一番大切なのは、彼らの祈りに答えて、二人をまたいっしょにさせてくださった、偉大な愛の神様に感謝することでした。