マデリンの過ち
あわれみとは、トラブルに陥ったり過ちを犯した人を、理解し思いやること。*1*
15歳のマデリン・マクナリーは、過ちを犯してしまいました。それも、ただの過ちではありません。重大な、恥ずかしいしくじりをやってしまったのです。そして、大きなトラブルをかかえていました。事実、マデリンの友達や同級生や監督者の反応から考えてみるなら、まるで死罪でも犯したかのようです。
マデリンは・・・別に、私の友達という訳ではありません。
あわれみとは、自分の知らない人でも、トラブルに巻き込まれている人の痛みを感じること。
マデリンは、私が付き合いたいと思うようなタイプの女の子ではないし、私も、彼女の友達とウマが合うようなタイプではありません。彼女には友達がたくさんいますが、それは、彼女の容姿が良くて、物おじせず率直で、向こう見ずな性格のためです。けれども、そういった性格が、今はトラブルのもとになっていて、今までは友達だと思っていた人達が、そしらぬ顔をしているのです。私は、本当にそれで当然だと思ったのですが、実を言うと、最近家で学習していた「実践の伴うあわれみ」という人格形成のクラスに書かれていた要点が頭に引っかかっていて、何度も何度もそれが思い出されてくるのです。
だれかが居心地の悪い思いをしていたり、自分がトラブルに陥っていると分かった時は普通、かなり孤独感を味わうものです。孤独に感じると、状況はさらに悪くなり得ます。そのような時には、自分のことを理解してくれたり気にかけてくれる人など、だれもいないと信じ始めたりします。
「そんなこと、前から分かってたわよ・・・。」 昼休みに、こんなことを公言する人達がいました。普通は私のことを無視するマデリンの親友、ヴェラ・ジェニングスまでが、今では食事をするために私といっしょにすわって、そのことについて知っていたかなんて聞くのです。私は、何かを耳にはしたけど、具体的なことは何も知らないと答えました。
「ねぇ、クリスティーナ。」 ヴェラはひそひそ声になって言いました。それで、返って周りの人達のゆがんだ好奇心をあおってしまいました。「別に、陰口を言うつもりじゃないのよ。だけどね、どうやら・・・」
こんな会話に耳をかたむけるなんて、と思いましたが、論争の余地ある「詳細」は好奇心をかきたてます。結局、私達は顔をしかめたりしながらひそひそ声で話していたわけですが、昼休みが終わって食堂から教室にもどって来ると、マデリン・マクナリーが教室に入ってきたとたん、何とも気詰まりな沈黙になってしまいました。本人の願いとは裏腹に、顔は赤くなりましたが、マデリンは何気ないそぶりで、教室の後ろの自分の席にもどりました。今までは、先生が来るまで彼女の取り巻きがやって来ては、彼女をちやほやしていた場所にです。
今や、文字通り彼女に対して背を向け、しのび笑いをしている、かつての取り巻き達と顔を合わせるのは、何ともつらいものでしょう。両親もすでに校長先生から彼女についての報告を受け取っていると分かっているので、夕方帰宅して両親に合わせる顔もないことを考えると、どんなに耐えがたいことだろうと思います。
それは、マデリンの両親が彼女に道徳観をしっかりと教え込んできたからではありません。事実、両親はほとんど家にはいなかったからです。けれども、両親はお金持ちで、社交界でも名の知れた人達です。このことを知ったら、怒り狂うでしょう。週末までには、地区のメンズ・クラブや、ことにアイルランド婦人会に、マデリンの非行が完全に知れ渡ってしまうでしょうから。
私は、どういう訳か理由は分からないのですが、午後の授業中、何度も何度も、ついマデリンの方を見てしまいました。もしかしたら、どうして彼女みたいな人がそんなことをしてしまったのか、知りたくなったせいかもしれません。そして、もしかしたら自分にも同じようなところがあるのかもしれない、などと考えていたのでしょう。
けれども、私は独りよがりに、自分はそうではないという結論を下しました。正直言って、自分には考えられないことだったからです。とはいっても、やはり私は人目をしのんでチラチラと彼女の方を見続けてしまいました。やがて彼女はそれに気づくと、冷たい視線を返してきました。私は彼女と同じく、授業のほうに自分の関心をもどし、黒板に書かれていることとブレナン先生の長談議に集中しようとしました。
あわれみ深さは、他の人に、その人が一人ぼっちではないよと伝える。だれかが友達を必要としている時に、あなたをその友達にしてくれる。
ちょっとしてから、私はまたあえてマデリン・マクナリーの方を見ました。彼女もそれに気づいたので、私は彼女のしかめっ面にもかかわらず、思い切って、彼女を受け入れていることを表すほほえみをかけました。すると今度は、彼女の目に涙があふれてきました。
彼女は立ち上がると、ぼそぼそと「お、お手洗いに行きたいんですけど。」と言って、大股でドアの方へ向かいました。
「先生、マクナリーさんが許可をもらわないで勝手に行っちゃいますけど。」 女子の一人が甲高い声で言いました。
「いいんだ。きっと今は、心の中を探る時間が必要だろうから。」 ブレナン先生が静かに言いました。
15分ほどたつと、マデリンが気持ちを落ち着けてもどって来ましたが、泣きはらした赤い目には、心の痛みが表れていました。
あわれみがなければ、この世はつらく、さびしい場所になる。
まもなくして、午後の授業が終わりました。私達は、ペンや教科書やノートパソコンやカバンなどを片付けていました。教室の外に出ながら、ふと振り返ると、マデリンはまだ席にすわったままでした。ブレナン先生は、分かったようなまなざしで、書類をかき集めて使い古した皮のカバンに入れていました。
「まだ帰らないんだね、マクナリーさん。」
「はい。もし構わなければ。」
「いいんだよ、ゆっくりしたまえ。私はお茶でも飲んで来るから。えぇっと・・・30分ほどでもどって来るけど、その時には鍵を閉めなくちゃいけないからね。」
あわれみ深い心があれば、私達はみんないっしょにつながることができる。他の人達が理解し気にかけてくれるなら、つらい時もずっと楽になる。
マデリンを理解するための手がかりがつかめるようにと心の中で祈りながら、私は教室にもどりました。そして、ためらいながらマデリンの方へ歩いていきました。
「ここにすわってもいいかしら?」
マデリンは肩をすくめ、ただ前の方をじっと見ていました。立ち去りたいという自分の自然な傾向に逆らって、私が彼女のとなりの席にすわると、彼女は何の用かと聞いてきました。
あわれみとは、たとえあなたのできることが相手の話に耳をかたむけ、親切な言葉をかけるだけであったとしても、深く思いやり、助けになりたいと願う気持ちなのです。
「話せたらなと思って。」 私はぶっきらぼうに答えました。「話を聞くだけでもいいし。ただ何も言わずにいっしょにいるだけでもいいわ。それか、このまま立ち去ってもいいし。あなた次第よ。」
「それで、私が不面目になったから付き合いたいってこと?」
「そんなんじゃないわ。ただ・・・何ていうのかしら・・・友達になりたいだけよ。」
マデリンが笑って言いました。「それはヘンよ。」
「ヘン? なぜ?」
「だって、私が『女王』のような存在だった時は、敬遠してたじゃない。」
「そうだった?」
「ええ。焼きもちを焼いているのかなと思っていたわ。」
私は顔を赤らめ、彼女の意見も一理あるなと認めながら、クスッと笑いました。マデリンはひるまずに言い続けました。
「つまり、私が身の程を知った今なら、均等な立場で付き合いやすいってことなんじゃないの?」
そのような痛烈な疑惑にあって、私はひるみそうになりながらも、今一度、彼女を理解できるようにと心の中で祈りました。「もちろんちがうわよ。ただ、人気者でいることや、あなたが付き合っているような人達のことが、よく分からなかっただけだと思うわ。」
「訂正。付き合って『いた』、でしょ。『私を愛するなら、私の犬も愛せよ(だれかを好きになるなら、その人のものすべてが好きになるという意味)』なんていう考え方は、もうお終いね。私の「犬」を見たから、みんなは私のことがいやになったのよ。だけど、あなたはどう思ってるの? 私の「犬」のことを。」
「だれにでもまちがいはあるわ。実際は、もし事実がみんな明らかになったら、私達の心の中には、それよりもずっとみにくいことがいくらでもあるもの。ゆるしてもらう必要のあるようなことがね。」
そう言うと、マデリンは笑いました。「ゆるしてもらう? 一体だれに?」
「神様よ。」と私は答えました。
「ふぅ~ん。例えば、どんなみにくいこと?」
「そうねぇ・・・。ねたみ、憎しみ、プライド、独善とか・・・そんなことよ。」
「死に至る七つの罪のことでしょ?」
「そうね。」
マデリンはクスッと笑うと、表情がおだやかになりました。「実を言うとね。私がしたことに対するあなたの反応を見ていたの。きっと信じないだろうけど、私にはとても大きな意味があったのよ。どうしてか分からないけどね。だって、あなたの家族は宗教的だってうわさだから・・・。分かるでしょ。」
「うわさ話ね・・・。」 私はうんざりしたように言いました。
「そうよ。うわさなんて、ひどいわよね。私達、似た者同士じゃない! とにかく、私はあなたのことを知りたかったけど、私も敬遠してたの。別に、自分があなたより良い人間だと思ってたからじゃないわよ。どうしてだと思う?」
「周りの人達にどう思われるか、気にしてたから?」
マデリンが不満そうに言いました。「ちがうわよ。普通は私、ほかの人達がどう思うかなんて、全然気にしないわ。気になったなんてこと、今まで1度もないもの。それが、人気者になった理由かしら!
・・・いや、そうじゃないわね。」 マデリンは声を低くして話し続けました。「あなたを敬遠していたのは、自分の本性がばれてボロが出るって分かってたからよ。あなたの周りでは気が楽だったけど、それでいて、何か落ち着かなかったのよね。ヘンでしょ? ねぇ、すごいと思わない? 現実に目を向けるには、どん底に落ちる必要があるのね!」
「神様の考えておられる上への道は、下に下がること、つまり謙虚になることだものね。」 私は勇気をふりしぼって言いました。
「本当に神様を信じてるのね?」
私は、うなずきました。
「明らかに、そのようね。たくさん祈るの?」
「私は、イエス様に話しかけるの。ただ、何かをお願いするだけじゃなくてね。」 私は答えました。
すると、マデリンも言いました。「私もよ。友達に話しかけるみたいにね。いえ、友達以上だわ。そして思うの。『あら、私って、教会に行くべきだわ。』ってね。でも、いざとなると、ちゅうちょしてあきらめちゃうのよ。あなたは教会に行ってるの?」
「小さい時、クリスマスに1度行ったことがあるわ。そこで歌を歌ったの。」
自分のカバンをつかむと、マデリンは立ち上がりました。「ねぇ、クリスティーナ。今は金曜日の夕方でしょ。私、いつもなら、その・・・いわゆる「友達」と、ピザ屋さんに立ち寄るの。今日は私達二人しかいないけど、いっしょに行かない? それに私、まっすぐうちに帰って両親に会う気がしないのよ。」
その「友達」-ヴェラ・ジェニングスはその一人です-が、クライスト・キング・ガールズ中学校の正門の辺りでたむろしていたのですが、マデリンと私が腕を組み、ほほえみながらいっしょに出てきた時には、一体私達の間に何が起こったんだろうと思ったにちがいありません。
「もうだいじょうぶなの、ヴェラ!」 学校の看板を指差しながら、マデリンが言いました。「彼がゆるして下さったんだもの。」
「だれが?」
「王御自身よ! そして、もしお願いするなら、あなたもゆるして下さるわよ。」
マデリンがそう言い放つのを聞いて、ヴェラは全く何が何だか分からないといった顔をしました。私はヴェラに、いつか説明するわと言いました。
ということで、その日の夕方以来、マデリンと私が親友になったと聞けば、みなさんは喜んでくれることでしょう。
ああ、ところで、この話の間中、きっとみなさんは、マデリンの非行とは一体全体何だったのか、知りたくてうずうずしていたことでしょう。さて、失礼に聞こえるかもしれないのですが、それは、みなさんには関係ないことだと言わざるを得ません。
おめでとうございます! あなたは、だれかが傷ついていたり、友達を必要としているのを見て、あわれみを実践しましたね。
終わり
脚注:
*1* この物語で使われている引用文は、Linda Kavelin Popov with Dan Popov, Ph.D.とJohn Kavelin, Plume共著、「The Family Virtues Guide (1997)」から抜粋されました。
文:ギルバート・フェンタン 絵:ジェレミー デザイン:ロイ・エバンス出版:マイ・ワンダー・スタジオ
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