得点!
「試合の時にゃあ、確かに主のお助けが必要じゃろうて。」
やさしく気づかう声に、11才のクリストファー・クロスは頭をもたげました。目を開けると、彼にほほえみかけているのは、われらの賢い年配の学校管理人、パット・ブラディです。
思わず、クリスは顔を赤らめました。彼は小さい金色の十字架をいじりながら、もごもごと祈っていたのです。試合まで、あと15分しかありません。なのに、更衣室は空っぽです。セントデクラン校のサッカーチームのほかの選手たちは、まだ競技場の向こう側の別館で、友人や親戚の人達の応援を楽しんでいます。クリスには同級生の友人はおらず、孤児なので親戚もいませんでした。
「主からのはげましこそ、最高にはげみになるからのぅ。」 クリスの思いを読み取るように、パットが言いました。
はにかむようなほほえみを浮かべて、クリスは口をもごもごさせながらうなずきました。
「おまえさんのめい想のじゃまをしちゃあ、悪いな。ささっとロッカールームのモップがけをしたら、出て行くから。」
パットが静かに通用口から出て行ったかと思うと、突然、主要出口の扉が勢いよく開き、騒々しい笑い声やペチャクチャいう声の嵐と共に、背の高い、茶褐色の髪をした12才の少年が現れました。彼はクリスのそばに立ってにっこりほほえみ、ウインクしました。
ピート・ラングレーです。クリスは彼のことを尊敬していました。ピートも、クリスのことを「いいやつ」と思っているようです。けれども、どちらも周囲の目を気にして、友達づきあいができないでいるのです。ピートには、クリスにないすべてがそろっていました。背が高く、顔立ちも良くて人気がありました。が、クリスは背が低く無口で、目立たない性格の少年でした。また、ピート・ラングレー「クラブ」にも入れないでいました。けれども、クリスはピートのウインクで十分元気づけられました。クリスは立ち上がると、深く息を吸い込んでほほえみました。
「レイブンズクロフト中と対戦する準備はいいかい、ピート?」と、少年の1人が聞きました。
「クリスの助けがあればね!」 ピートがそう言うと、何人かの少年達がクスクス笑いました。
「マジだよ。」 そう言って、ピートはクリスの方を見ました。「もちろん、ゴールできるようにボールをパスしてくれるだろ?」とピートがクリスにささやきました。
クリスはほほえんで言いました。「がんばるよ。」
「さぁ、みんな! いよいよ、待ちに待った日がやって来た!」 力強い声がひびくと、みんな静まりました。「わたしも、あそこにいる観客も、最高の試合を期待しているぞ!」
つやつやした新しいジョギングスーツと運動靴を身につけ、さっそうとした出で立ちで出入り口に立っているのは、セントデクラン校の筋金入りのたくましいサッカー監督、40才のダーモット・マクルスキーです。監督は、整えたばかりのうす茶色の髪を指でなでつけると、ピートに歩み寄り、彼の肩に腕をかけて言いました。
「特に、君にはな。今までに君がわれわれの期待を裏切ったことは1度もないしな。
うちの娘が最前列で見ていると言ったら、刺激になるかな。」
チームのみんなに声をかける前に、監督はピートにささやきました。「ようし、行くぞ! みんな、全力をつくすんだ!」
アイルランドでは、週末のサッカー試合の時に天気が悪くなるのはごく普通のことらしく、この時も灰色の雲が広がり、雨つぶを競技場に降り注いでいました。おかげで、地面は踏み荒らされた泥と芝生のぬかるみと化しました。けれども、そのような状況にあっても、神聖な試合に対する参加者の熱意はびくともしません。観客からわき起こる嵐のようなどよめきや、選手がドリブルをうまくやってのけたり、パスを取り損なったりするたびに発せられる、満足や不満を表す叫びで、それは明らかです。
(彼女はどこだろう?)
試合は始まってから5分ほどたっていました。クリスは歓声を上げている人々の中に目を通しました。
(いた! フェンスのすぐ後ろだ。)
クリスはピート・ラングレーにたくみなパスをし、ピートがそれをゴールにシュートしたばかりでした。ピートはチームのみんなからの歓声を満喫していました。けれどもクリスは、12才のアリソン・マクルスキーからの歓声を願っていました。アリソンは、色白で小柄、赤毛のセントデクラン校の2年生です。
(今の、見のがしたんだな。) 友達とのおしゃべりに夢中で、彼女はピート・ラングレーのほうも、自分のほうも見ていなかったようです。
(とにかく、今は試合に気持ちを集中させ、全力をつくさないと。) そう自分に言い聞かせ、それからは、ピート・ラングレーに最高のシュートができるような球をパスすることだけに気持ちを集中させました。その結果、セントデクラン中はレイブンスクロフト中に圧勝しました。
「すごいぞ、ラングレー!」
「やったな、ピート。すばらしかったよ。プロサッカー選手になることは考えているかい?」
「なるべきだよ、ピート。後半の始めにだれかさんがパスした後のシュートは正に、天才のシュートだね。」
「わたしも見たさ、ラス。家内に、若きピートの中にボビー・フェランの再来を見たって言ってたとこなんだ!」
「ホントにすばらしかったよ、ピーター。」
「ありがとう・・・」 つめかけた人達から大げさな称賛を浴びてぎこちなく感じながら、ピートはもごもごと返事をしました。別館には、チームのほかに両親や親戚や友人、そしてもちろん、コーチのダーモット・マクルスキーも集まっていました。
「うちの娘は、1回1回のシュートをすべて覚えているぞ!」 ウインクしながらマクルスキー監督が言いました。
「1回1回のパスもよ、お父さん。」 アリソンが付け加えました。
「パスだって?」
アリソン・マクルスキーはソーダをすすりながら、恥ずかしそうにほほえみました。「サッカーがわたしの専門分野じゃないの、知ってるでしょ。」
「分かってるさ、アリソン。」と父親が答えました。彼は声を低くし、ピートに向かってニヤリと笑ってささやきました。「母さんと同じ、アリソンも本の虫なんだ。だけど、そのうち興味を持ってくれるさ。」
「どういう意味なんだい、アリソン。」とピートがたずねました。「1回1回のパスって?」
「わたし、試合のことはあまり分からないの。」とアリソンは答えました。「だけど、第三者から見ると、彼がね・・・。」
彼女は、集まりのはしっこにぎこちなく立っているクリスの方をちらっと見て、もの問いたげに言いました。
「このクリストファーが、ほとんどのゴールを導いたみたいだったわ。」
「見てたの?」 クリスは、サッカーのことをちっとも知らないアリソンがそんなことに気づいたなんて、と 驚きながら聞きました。
「ええ。だから毎回、友達のメアリーにそのことを話してたのよ。」
「それほど多くはなかったさ。」とピートが言いました。「ほとんどの得点は、自分から球を取って入れたんだぞ。」
アリソンは肩をすくめました。「分からないわ。分かるのは、クリストファーがいなければチームは負けてたってことだけよ。」 彼女は顔を赤らめながらも、きっぱりとした口調で言いました。
ピート・ラングレーのあぜんとした反応を見てダーモット・マクルスキー監督は、まぁまぁと娘の肩に手を置き、別館の売店でソーダをふるまうからと、みんなを招きました。
「それはそれとして・・・」 わざとらしい含み笑いをして、マクルスキー監督が言いました。「州決勝に向けて、ピートもみんなも備えないとな! 対戦相手はダンハム中だ。」
3週間後に、その日は訪れました。好天気に、参加者達も感謝でいっぱいです。
「主のお恵みじゃのう!」 パット・ブラディは、お気に入りのモップを片手に、ピート・ラングレーとチームのみんなを同伴して更衣室に向かいながら、言いました。
「まぁね。」とピート。
「あまり元気ないな、ピート。」
ピートは不機嫌そうに目を白黒させました。「見せ付けてやる。」
「見せ付ける?」
「何でもありません。」
チームのみんなが来た時には、クリスはすでに更衣室で試合前のお決まりの祈りを終えて、靴ひもを結んでいました。クリスは期待をこめてピートを見上げました。が、ピートは目配せもしませんでした。
ピートがやけにむっつりしているため、チームのみんなはぎこちなく感じてはいましたが、そのことでピートに話しかけるほど愚かではありませんでした。ただ、だまって試合のために着替えを済ませました。マクルスキー監督も、いつもの試合前の演説はやめ、選手たちが競技場に向かうと、ピートの肩に手を置いて「全力をつくせよ」とささやいただけでした。
「もちろんさ。」 ピートがはき捨てるように言いました。
審判のホイッスルのひびきと共に、試合は始まりました。クリスはミッドフィールダーですが、不可解な理由で試合に集中できないでいました。アリソンも一番前の席で見ていましたが、それが気がかりの原因ではありません。何か妙な雰囲気を感じるのです。
突然、ボールがクリスの足元に転がってきました。クリスは思わずまばたきしました。思いがやっと目に映るものに追いついてきたかのようです。ボールをけろうと足を引くと、すでにボールは消えていました。相手チームを応援している人々がどっと歓声を上げました。相手チームがシュートを入れたのです。クリスは監督のとがめのまなざしに気づいて、済まなそうに肩をすくめました。
静かに祈りながら、クリスはくちびるをかみしめ、何か良い作戦はないものかと目を光らせながら辺りを見回しました。すると、相手にスキがあるのが見えたので、ボールに向かって走りました。
「こいつはぼくがやる!」 クリスの行く手をふさいだ選手がどなりました。ピート・ラングレーです。彼は飛んできたボールを対抗側のゴールに向かって勢いよくけりこみました。
「もたもたしてちゃだめなんだよ。」 ピートは得意気に横目でクリスを見ながら言いました。
「ナイス・シュート、ピート。」 そう言いながら、クリスは自分の反応に内心驚きました。
「皮肉かよ?」
「いや。ホントにそう思ったからだよ。」
ホイッスルが鳴り、試合が再開しました。どちらも得点しないまま、10分ほどたちました。ピート・ラングレーが不機嫌そうなのは明らかでした。サイドラインから飛んでくる監督の大声の「みんな、気合いを入れてやれよ」の勧告にも、ピートは無反応です。
「今度こそやるぞ。」 そう言いながら、ピートはクリスに向かって飛んでいるボールを目がけて突進してきました。
(シュートできそうじゃないか。) 足を上げながら、クリスは思いました。(あえてやってみるべきかな?)
すばやいサイドキックで、クリスはボールをゴールすれすれに入れました。チームのみんなが驚きの目でクリスを見、観客席からも歓声が上がると、彼は満足感がこみ上げてくるのを感じました。
「素人のまぐれ当たりだな。」 ピート・ラングレーがぼそっと言いました。
「いい一発だった。だが、あまり離れ技をやろうとはするなよ。」 監督が勧告しました。「後ろがガラ空きだ。」
クリスは観客席に目をやりました。遠くからでも、彼を見ていたアリソンが戸惑っているのが見て取れました。こんなに離れているのに、一体どうして彼女の気持ちや思いさえ感じることができるんだろうと思いながら、クリスは関心を試合に引きもどしました。
その時です。ボールが高く舞い上がり、クリスの方に向かってきました。ヘディングでピートにパスするには、カンペキな高さです。どうってことありません。
(パスすべきかな?)
ピート・ラングレーがこっちに向かって走ってくるのを目にした瞬間、クリスは自分自身の問いかけへの答えを決定したかのように、ボールをシュートしようと後ろに下がりました。が、ボールは相手チームの選手の足元に落ち、数回の短いパスでセントデクラン・チームのゴールに入れられてしまいました。クリスはがく然としました。
「一体どうしたんだ、クロス?」 チームメンバーの非難の声の中から、監督の叫び声が飛んできました。「今度も持ち場がガラ空きじゃないか。なぜだ?」
クリスの両腕から力がぬけていきました。「わ・・・わかりません、監督。」
ホイッスルが鳴りひびき、試合が再開されました。まもなく、ボールは再びクリスの持ち場に、今度はスピンしながら転がってきました。それを足で受け留め、ゴールに目をやりました。得点を入れようとする代わりに、ピートがどこか見回すと、おどろいたことに、彼が突然すぐそばに現れ、クリスからボールをうばい取ったのです。ボールはクリスの足の下から飛び出し、クリスはバランスを失って転んでしまいました。
起き上がりながらピート・ラングレーを見ると、彼は観客の歓声にあおられ、対抗チームの守備の中を得意気に、まるで踊るかのようにドリブルでぬけ、彼らのゴールの真正面に出ました。ピートはねらいを定めてシュートしましたが、ボールははからずも、相手のゴールキーパーの手のど真ん中に入り、ゴールキーパーがフィールドの反対側にいる味方チームのミッドフィールダーにドロップキックでボールをパスすると、それをミッドフィールダーは目を見張るようなカーブでセントデクラン校のゴールにシュートしたのです。
ハーフタイムになりました。得点は3対2で、ダンハム中の方が勝っています。
「ダーモット君、わしが君なら、それはやめとくが。」 そう言っているのは、監督といっしょに更衣室に向かうパット・ブラディです。
「なぜです?」 腹を立てている監督は叫びました。「当然のことですよ! 彼らは前半試合を台無しにしたんですから。」
「それは分かっとる。だが、全員の前でしかりとばすのは、ためにはならんぞ。まだ試合の途中じゃし。」
「何かいい考えでもあるんで?」
パットは口をすぼめて言った。「恥をかかせずに謙虚な気持ちにさせる方法はないかのぅ・・・」 パットは物思いにふけりながらつぶやきました。
更衣室では、すでにチームメンバーたちから、情け容赦のない舌のむちが、ピート・ラングレーとクリストファー・クロスに向けて飛び交っていました。
「ぼく達の期待を裏切ったな、ラングレー。」と一人が言いました。
すると、トイレから出てきながら、「全くだよ。」と同調する声がしました。「何が次世代のボビー・フェランだ・・・。チェッ!」
「おまえのせいで、物笑いの種になりたくはないからな。」 もう一人が言いました。
「ピートだけじゃない。ぼくのせいでもあるんだ。」 クリスがそう言ったので、ピートはびっくりしました。
「そういうこと! クリス・クロスが十字架をきりそこなったのさ!」 少年の一人がばかにして言うと、みんなが一斉にクスクス笑いました。
「やめろよ、コネリー。」 ピートがにぎりこぶしを振って言いました。
「でも、本当だよ。ぼくが自分の持ち場についていればよかったんだ。」とクリスが言い加えました。
「それはそれは、『聖人』クリストファー様だな。おまえがヘマする分にゃあ、驚かないよ。だけど、ラングレーはな。全く期待外れだよ。」
クリスは肩をすくめました。「好きに言えばいいさ、フィンタン。だけどね、ぼくはやっぱり、ピートがぼく達の中で最高のストライカーだと思うよ。・・・」
すると勢いよく扉が開き、入ってきたのは、パット・ブラディと・・・
「アリソン!」 思わずクリスが声をあげました。
一人の少年がクスクス笑いながら言いました。「あら、ここは男子更衣室ですわよ、おじょうさん。何かを見ちゃうかも。」
パットはほほえみました。「そのくらいの危険は承知してるさ、コネリー! だがな、彼女は後半試合のために、ちょっとした助言をお持ちだ。」
「監督は?」 少年の一人が聞きました。
「監督は、少しばかり頭を冷やしている間、ご自分の愛娘をスポークスウーマンとして送り込むことにしたのじゃ。何と言うのかな・・・熱心な勧告を伝えるためにな。」
「彼女に何が分かるんだい?」
アリソンはせきばらいをして、背筋を真っ直ぐに伸ばしました。「何も分からなかったわ、ドネガン。少なくとも、先月の準決勝を見るまではね。別に、サッカーの専門家になったとは全然思わないけど、わたし、チームを成功に導く秘訣について、ちょっとしたことを学んだと思うの。」
笑い声がさざめくと、ピート・ラングレーが声高に言いました。「おい、みんな。ぼくたちは巻き返さなくちゃいけないんだ。今さら、あれこれ言ってる余裕なんかない。勧告はありがたいんじゃないか、そうだろ、クリス?」
クリスはうなずきました。
「いい? これはあくまでわたしの意見なんだけど・・・」 アリソンは話し始めました。「前にも言ったように、わたしはサッカーのファンというわけじゃないけれど、準決勝は満喫したわ。事実、ものすごく楽しんだの。レイブンズクロフト中の選手はみんな、自我のかたまりだったわよね。だから、最初から負けが決まってたのよ。あなたたちが勝っても、意外じゃなかったわ。だけど、たとえもしあなたたちが負けたとしても、わたしには何の変わりもないの。」
「一体どうしてだい?」 ピートが聞きました。
「だって、あなたたちが一つのチームとしておたがいに気づかいながら協調してプレーするのを見るのが楽しかったんですもの。みんな、まるで頭の後ろにも目があるみたいだったわ。そして、ピートがものすごいシュートができるように、クリストファーがチャンスをねらっていたのが、たまらなく良かったの。やるじゃない。」
「だけど、クリスがいなかったら試合に負けてたって言ったろ。」 ピートが少々むっつり気味に言いました。
アリソンはクスクス笑いました。「そうね。だけどそれは、何て言うのかな、物事のつり合いを取るためだったの。つまりね、あなたが浴びせられていた賛辞や栄光のせいで、のぼせ上がっちゃわないようによ。」
ピートは顔を赤らめました。「分かったよ。じゃあ、言いたいことは?」
「そうね、ピート。今日の試合は全然楽しくなくて、どうしてかなって思ってたの。で、分かったのは、何人かの人が・・・。名前は言わないけど、何人かの人が意地を張ってたからよ。先回の試合みたいな、まるで振り付けでもされたような技はなかったわ。」
「あのぅ、アリソンおじょうさん。」 だれかがクスクス笑いながら言いました。「つまり、オレ達にバレエでも踊れってことかい?」
「だまれよ、コネリー。」 ピートがさえぎりました。「ぼくは、アリソンの言ってる意味が分かったよ。」
「ぼくもだ。」 もう1人が言いました。「今回の試合は、どっちかって言うと、サーカスみたいだものな。」
「そして、ぼく達が道化師ってことさ。」 もう1人が付け加えました。
「そういうことなのよ、フィンタン。」 アリソンが続けました。「あなた達の何人かは、レイブンズクロフト中の連中みたいだわ。負けるのも、無理ないわよ!」
「つまり、どういうことだい?」 ピートがぎこちなさそうに聞きました。
アリソンは頭を低くしてパットの方を向きました。「わたし、言わなくちゃいけないことは言ったと思うんだけど。」
「何を言いたいんだよ?」
「娘さんは、大切なことを君たち大きい者達に、自分で考えてほしいんじゃよ、ピート。」とパットが言いました。「わしには、とてもはっきりしとるが。早くせんと、あと2分ほどで試合の再開じゃ。」
ピートはクリスの肩に手をかけました。
「チームワークってことだね。」 沈黙の反省後、ついにピートが言いました。「ぼくは、ここにいる友のパスなくしてゴールを入れることはできない。」
「ぼくも、みんながボールをパスしてくれないと、ピートに回すことはできないよ。」 クリスも、恥ずかしそうにほほ笑んでいるチームのみんなに言いました。
「だから、ぼく達はみんなで協力してプレーするってことだね?」 ピートがそう言うと、チームのみんなもうなずきました。
「ありがとう、アリソン!」 パットといっしょに出口に向かうアリソンに向かってクリスが言いました。アリソンはほほ笑んで投げキッスをしました。クリスの心臓はドキドキです。
「しばらくの間は、一体どうなることかと思ったよ。」 アイルランドの黒ビールが入ったジョッキでパットと乾杯しながら、ダーモット・マクルスキー監督が言いました。「だがみんな、立ち直った。わたしのいつものチームにね! 7対3の圧勝なんて、全く信じがたいよ。」
パットは目を輝かせながらウインクしました。バラ色のほおに、大きなほほえみを浮かべて。「娘さんは、確かに君の足跡をたどっておるのぅ、ダーモット。」
「どうしてそんなことがわかるんだい、パディ? 娘にはスポーツマン・・・って言うか、スポーツウーマンの血なんて、ちっとも流れてないんだぞ。ブリジッドとわたしに男の子ができなかったことで、わたしはいつもくやしい思いをしているんだ。」と、マクルスキー監督はつぶやきました。「アリソンが生まれた後、合併症にかかってね。ブリジッドはそれ以上、子供を産めなくなってしまったんだよ。」
パット・ブラディは何も言わず、物思いにふけりながら、じっと自分のビールを見つめていました。
「『娘がわたしの足跡をたどっている』って、どういうことだい?」 しばらくの沈黙の後、マクルスキー監督が聞きました。
「スポーツそのものはしないかもしれんがね。」 そう言うと、パットはビールの泡を一口すすりました。「だが、チームを結束させる力がある。娘さんには見る眼があるんだ。つまり、彼女は人を動かし、奮起させることができるってことだよ。」
「何だって? わたしのアリソンがか?」
「そうじゃよ。おどしたりどなりつけたりすることもなく、ちょっとしたはげましの演説で、おだやかに、あの連中を勝利に導いたんじゃ。勝利に導いただけじゃない。チームとして協力してプレーするように鼓舞したんじゃ。それが、もっと大切なことじゃ。小さなことを大切にするっちゅうことじゃよ。」
マクルスキー監督は驚きの目でうなずきました。「わたしのアリソンがなんて、全く信じられなかったよ。」
「万能の主は、変わった方法で働かれるものじゃ。・・・ところで、ずっと男の子が欲しかったと?」
「ああ。だが、そうは言っても、娘が大切じゃないというわけじゃないからな。アリソンは確かにすばらしい娘だ。だが・・・」
「ダーモット君。」 そう言いながら、ほろ酔いかげんのパットは、監督の肩に手をかけました。「今日は素晴らしいアイデアが浮かぶ日じゃ。善き主に感謝せねばな。また一つ、良い考えを思いついたぞ!」
セントデクラン・サッカー・チームの親や親戚がマクレナン・ホテルのロビーで祝っている間、外では、ツタにおおわれた丸太造りのバーの外壁が夕日に照らされている中、少年たちが緑色の木のテーブルを囲んでポテト・スナックをパリパリほおばりながら、思い思いの飲み物を飲んでいました。クリストファー・クロスのために、チームのみんなが乾杯していました。ことに、ピート・ラングレーはそうでした。
「こんなにいいミッドフィールダーは、そうそう見つかるもんじゃない。」 そうピートが言っているなか、クリスがアリソン・マクルスキーの方をちらっと見ると、彼女はベンチの向こう側に座って、目立たないようにクリスの方を見ていました。チームのみんなの冷やかしを覚悟でクリスは立ち上がり、彼女の方へ歩いて行きましたが、ありがたいことに、だれもからかう者はいませんでした。
「もう1度、ありがとうって言いたかったんだ。今日はぼくたちの、そのぅ・・・、監督になってくれて、ありがとう。」 クリスははにかみながらにやっと笑って言いました。
「どういたしまして。お礼なんて、いいのよ。」
「じゃ、また後で・・・。」
「ねぇ、クリストファー・・・。」 クリスがぎこちなくチームのみんなの所へもどろうとしているのを見て、アリソンがたずねました。「あなたは養護施設に住んでるんでしょ?」
「うん。」
「リズバーン通りの?」
「そうだよ。」
「そこね、わたし達が住んでるとこのそばなの。だけど、ここからは遠いわよね。」
「そうだね。」 クリスが言いました。「だから、バスに乗らなくちゃなんだ。」
「何時かしら、その、何ていうんだっけ・・・。門限?」 アリソンはクスクス笑いながら聞きました。
クリスは腕時計を見て、言いました。「大変だ! あと30分しかない。もう行かないと。」
「待って。」 立ち上がりながら、アリソンが言いました。「そこって、わたし達が住んでる所に近いわよね。お父さんに聞いてみる。あなたを車で送れるかもしれないわ。」
数分後、ほろ酔いかげんで上機嫌のダーモット・マクルスキー監督が、ちどり足でパブから出てきました。血色がよく快活で活発そうな、緑がかった目をした赤毛の奥さんのブリジッドもいっしょです。
「心配ないわ。」 アリソンがクリスにささやきました。「車の鍵を持ってるのはお母さんだから。」
「聞こえたぞ、アリソン。」 酔ったマクルスキー監督は、ろれつが回らず、もごもごと言いました。「だけどな、母さんの心への鍵は、父さんが持ってるんだからな。」
「間に合うといいんだけど、クリストファー。」 ブリジッドはそう言いながら、エンジンをかけました。「少なくとも20分はかかるわ。」
「構いません、マクルスキーさん。」 アリソンといっしょに後部座席に座り、無上の至福感にひたってぼうっとしているクリスが言いました。ミニカーは、せまく曲がりくねった田舎道、キルダリー通りを走って行きました。「バスに乗らなくていいだけでも、すごくうれしいです。」
「そのうち、2度とバスに乗らなくていい日が来るかもしれんぞ。」 マクルスキー監督が出しぬけに言いました。
「あなた!」 ブリジッドが口をさしはさみました。
「話しちまえよ! 本人が乗り気かどうか、どうせなら今聞いてしまおう。」
クリスは、(一体何の話?)と言いたげに、アリソンの方をちらっと見ると、アリソンは分かっているような顔でほほえみました。
「じゃあ話すわね、クリストファー。」と、ブリジッドが続けました。
「わたし達・・・、つまり、主人とアリソンとわたしのことなんだけど、もしかしたら、わたし達のアイデアをあなたに気に入ってもらえるかなと思って・・・。」
「・・・つまりだな、うちの家族と近くなりたいかってことだ。」 またしてもマクルスキー監督が出しぬけに言いました。
「あなた、せかさないの。おし付けられてるように感じてほしくはないでしょ。」
クリスの顔が輝きました。アリソンはほほ笑みながら、クリスの腕に自分の腕を回しました。
終わり