マックスと守護天使捕獲計画
12月。澄み切った青空だ。マクシミラン・タリーが学校から帰ってきた。前庭から玄関に向かっている。空気は冷たいが、太陽が輝いている。もうすぐ冬休み! 人生って、素晴らしい。
マックスは、通学用リュックを右肩にかけ、左手には空缶が入った手さげ袋を持っていた。マックスは玄関の取っ手をにぎると、ドアをちょっとだけ開けて振り返り、目を細めて家の前の道路をきょろきょろと見渡した。だれもいない。動いているものは、木のこずえと、こずえが道路の上に落としている影だけだ。
(またもや見逃してしまったか。)とマックスは思った。今度はドアを最後まで開けて、家の中に入った。
いったん中に入ると、マックスはしのび足で階段を上がり、自分の部屋のドアの前で止まった。
(もしかして、もしかしたら・・・。もしぼくの後をつけてきていないなら、もう部屋の中にいるのかも・・・。カーテンの後ろか、押入れの中にかくれているのかもしれないぞ。)
マックスはそうっと通学用リュックと空缶の入った手さげ袋を下ろし、深呼吸をした。
(今度こそ、すばやくやるぞ。つかまえるからな。)
マックスはドアをパッと開けると、中に飛びこみ、じゅうたんにねっ転がっていた人物に飛びかかった。
「つかまえたぞ!」 マックスがさけぶと、マックスの下じきになっている人物はもっと大きな声でさけんだ。「うわっ、どけよ!」
マックスが転がり下りると、それは何と、親友のAJだった。
「一体どうやって、ぼくがここにいるって、わかったんだい?」 AJが聞いてきた。
「あ・・・いや、知らなかったよ。ほかのだれかだと思ったんだ。ごめん。いたかった?」
「ただ内臓がおしつぶされてペシャンコになっちゃっただけだよ。大したことはないさ。」 そう言うと、AJは胃を元通りにもみほぐすまねをした。「ぼくだって知らなかったのなら、一体何のマネだよ?」
マックスは口ごもった。AJが言った。「絶対だれにも言わないって、堅く約束するから。」
「きっと笑うよ。」
「笑わない。」
「守護天使を信じるかい?」 マックスがたずねた。
「何? ふわふわのつばさと、光った白い衣を着てるやつかい?」
「何でもないよ。ぼくが言ったことはわすれてくれ。」 そうつぶやくと、マックスはテレコプターロボットゲームを出してきた。「さあ、遊ぼう。」
15分ほども遊んだだろうか。AJは赤軍ロボットでマックスの青軍ロボットを包囲していた。たくみな作戦で、三方から攻めるように仕組んだのだ。AJにとって唯一の危険といえば、もしマックスがブラックホール発生電光カードを持っていれば、AJの軍隊を一気に飲みこんでしまうだろうことくらいだ。「マックス。守護天使と、待ち伏せして人に飛びかかるのと、どういう関係があるんだよ?」 AJがたずねた。
「そうだなあ・・・。もしぼくの守護天使に、ふわふわの白いつばさも衣もないとしたら・・・? そして、すごくかっこいいものに変身できるとしたら、どうだろう? 例えば・・・」
「テレコプターロボット戦士みたいな?」とAJ。
「うん、そう。」 そう言いながら、マックスはAJの赤軍に向けて、ブラックホール発生電光カードを出した。
AJは自分の軍隊が大敗したのを見て、がっくりだ。「そのくらい、予想しておくべきだったよ!」 AJはうんざりした顔で言った。そして赤軍の兵隊をつかむと、マックスに投げつけ始めた。その場はすぐに、さけび声とわめき声に満ちた。そして、赤青のプラスチックの兵隊たちが飛び交った。
たがいに投げつける兵隊がつきると、AJが言った。「それにしても、ぼくに飛びかかるのと、衣だかロボットだかのかっこうをした守護天使がどう関係あるのか、わかんないな。」
「笑わないかい?」 またマックスがたずねた。
「もう堅く約束しただろ?」
「わかったよ。ぼく、守護天使をつかまえようとしてるんだ。天使をこの目で見たいんだよ。」
AJは笑わなかった。ただ鼻をかいて、興味ありげな顔をした。「どうしてだい?」 AJがたずねた。
「どうして天使を見たいかって? 見たくないはずがないだろう? 君は、自分の守護天使を見たくないのかい?」と、マックスが言った。
「ぼくにそんなのがいるか、わからないしな。」とAJ。
「もちろん、いるさ。だれにでもいるんだよ。ぼくのは・・・。」 マックスがひそひそ声になった。「時々ぼくに話しかけてくるんだ。少なくとも、ぼくはそう思ってる。」
「何て話しかけてくるんだい?」 AJもささやいた。
「彼はね、ぼくの思いの中で話しかけてくるんだよ。例えば、『道路を渡る時は、渡る前に左右両方を見るんだよ。道路のど真ん中に来てからじゃなくてな。一体こったい、そのくらい、わからないのか?』なんてね。」
「ふ~ん。だけど、だれが気難しい守護天使になんか、いてほしいかなあ?」 AJが額にしわを寄せて言った。
「だから、本物だと思うんだよ。でっち上げじゃなくてね。だって、もし彼がぼくの思う通りの天使だったら、自分で想像してるだけかもしれないだろ。だけど、彼は時々、ぼくが全く予想もしてないようなことを言うんだよ。とにかく、ぼくは彼を見たいんだ。」
「夕食ができたわよ!」 そう呼ぶ声が、ハンバーガーのにおいと共に階段のほうからしてきた。
「君のお母さんは、夕食食べてきていいって言ってた?」 マックスがAJにたずねた。
「うん!」とAJ。
「君に、ある計画を手伝ってほしいんだ。夕食の後で話すね。」
その夜二人は、必要な物を集めて過ごした。庭の小石や、クリスマスツリーからは一時的にモールを借りてきた。AJは、明日も天使をつかまえるのに必要な手伝いは何でもすると約束して、帰って行った。
真夜中近くになって、マックスの部屋ですさまじい音がした。マックスは懐中電灯をつかみ、ベッドから飛び起きた。ふるえる指でスイッチを入れると、部屋の入口で、お父さんがばったりとたおれているではないか。
「一体全体、これは何なんだ!」 お父さんがどなった。
「お父さんこそ、ここで何をしてるの? あ・・・、これは仕掛けワナの付いた防犯装置なんだ。」 小石がいっぱい入った空缶を補強したモールでつなげたものをお父さんの足からほどきながら、マックスは口ごもった。
「父さんと母さんは、毎晩寝る前におまえとノアとソフィーを見て回ってるんだ。おまえたちが寝静まっているころにな。」 お父さんがプリプリしながら答えた。乱れたパジャマを直すと、腕組みをして言った。「このワナは、一体何なんだ?」
「ぼく、あるものをつかまえようとしてるんだ。は、話すのは、明日でもいい?」 マックスが言い訳した。
お父さんはため息をつき、かみの毛を手ですくと、言った。「よろしい。だが、父さんが忘れるとは思うなよ。明日には、ちゃんと説明してもらうからな。」
「わかったよ、お父さん。」
「お休み。だが、よくできた防犯装置だ。」
マックスはベッドにもどって、再び懐中電灯を枕の下にかくした。横になっていろいろ考えているうちに、いつしかまた眠ってしまっていた。
翌朝になって、お父さんは急な電話を受け取り、早く仕事に行かなければならなくなった。それで、防犯装置について話すのは、夕食の時まで延期された。マックスはほっとため息をついて、学校に行った。とちゅうでAJに会って聞かれた。「それでさ、何かつかまった?」
「父さんをつかまえたよ。毎晩父さんと母さんがぼくを見に来てたなんて、知らなかった。今は知ってるけどね。よくできた防犯装置だって。でも、天使を見つけるのに、それ以外のどこを探したらいいんだ?」 マックスがたずねた。
「もしかしたら、窓かな? でも、天使はそれも通りぬけちゃうかもだけどね。それか、高い所が好きかも。木のてっぺんとか・・・そうだ! もしかしたら、家の屋根にすわって見てるのかも。だけど、天使をつかまえたいなら、目に見える時にやんなきゃいけないってことだ。しのび寄らなくちゃいけないんだよ。」
「そんなのは、ムリかも。」
「そんなこと、言うなよ! 明日から冬休みだ。天使を探すのに、2週間もあるじゃないか。ぼくも、できるだけ手伝うからさ。」
「君だって、冬休みの計画、あるんじゃないの?」 マックスがたずねた。
「もちろんあるよ。クリスマスの週には、いとこたちが来る。だけど、それまではいっしょに探せるよ。」 二人の親友は真面目くさった顔であく手し、学校に向かって歩き続けた。
その日の午後、ロッカーに残っていたあれやこれをいっぱい持って、ウィンストン小学校の子どもたちは冬休みの幸せを胸に、教室の出口から流れ出た。
「冬休みだぞー!」
「うちまで、競争しよう!」
マックスとAJは、校門を猛スピードでかけぬけ、交差点に向かう歩道を突進していった。マックスが先頭で、ちょうど歩道から飛び出そうと片足をあげた時、その一歩の真っただ中で、マックスはピタッと止まった。
そこへ来たAJも、急停止した。すんでの所で、二人とも、道路のど真ん中へ放り出されるとこだった。
(道路を渡る時は、渡る前に左右両方を見るんだよ。道路のど真ん中に来てからじゃなくてな。一体こったい、そのくらい、わからないのか?)
二人とも、びっくりして顔を見合わせた。
「今の、聞いたか?」とAJ。
「AJも、聞こえたんだね? だから、本当なんだよ!」 マックスは大喜びだ。
「うん。本当に聞こえたよ。確かに、気難しそうな声だね。」
「そうなんだ。」
「どうして、今まで聞こえなかったんだろう?」とAJ。
「きっと、耳をかたむけようとしていなかったんだよ。」 マックスが答えた。
「じゃあ、ぼくも自分の天使を見つけなきゃな。」 AJがきっぱりと言った。「でも、どこから探し始めたらいいんだろう?」
月曜日から木曜日まで、マックスとAJは木をよじ登ったり、家の中でコソコソと動き回ったり、突然自分の部屋に飛びこんでみたり、掃除用具だなの中身を全部出してみたりした。
金曜日が近づくと、AJが言った。「困ったな。探すべき場所のリストはもう終わったし、マックスもだろ。それに、明日にはもう、いとこが来るんだ。捜索は一時中止だな。」
マックスは、窓から庭に目をやった。小石入りの空缶がぶら下がった長いモールが、タリー家の木やさくや垣根じゅうに張りめぐらされている。「たぶん、人に見られたくないんだよ。」
「ああ、そうかもね。だけど、考えがあるんだ。・・・ねえ、ぼくが今夜ここに泊まって、二人で夜明けまで窓のそばで番をするってのはどう? もしかしたら、天使は夜しか見えないのかもしれないよ!」
「何で、今までそれに気付かなかったんだろう?」
「今夜が最後のチャンスかもしれないよ。君のお母さんは、庭中に缶がぶら下がっているの、あまりいい顔してなかったみたいだし。早く片付けなさいって言われるかもよ。」
「そうだね。じゃあ、今夜はずっと起きているか・・・」
「・・・懐中電灯を持ってね。」
「ナイトビジョンゴーグルもだ。」
「それから、スナックも。」
「そうだね。」
夜の9時になった。二人の少年は、音を立てないようにお菓子をほおばりながら、暗い庭をじっと見つめていた。
10時になった。二人はたがいに作り話をささやき合った。
11時になった。月が出てきて、毛布の中で身を寄せ合っている二人の少年の上に、窓ごしにやわらかい光を投げかけた。二人は床の上で枕にだきついて、ぐっすり眠っている。
12時になった。ガラガラ、ガッシャーーンというすさまじい音がして、マックスとAJは毛布の中から飛び出し、懐中電灯をつかんだ。
マックスは窓ガラスに鼻をおし付けると、ささやいた。「うわあー! でっかいロボットがいる!」
「庭に出なくちゃ。」 毛布の中から転がり出ながら、AJが言った。
二人は外に出た。
まだ寝室用のスリッパをはいたままのマックスが、最初に外に出た。というか、AJもほとんど同時にマックスに続いた。二人がおどろいたことには、マックスのお父さんが金づちを振りかざし、ソフィーが弟のノアをだきかかえ、お母さんまでバスローブ姿で外にいる。
「お父さん! お父さんも、ばかでかいロボット、見たの?」 マックスが大声で問いかけた。
マックスのお父さんは二人の少年をつかむと、木々や茂みから引き離した。お父さんはまだぼんやりしていて、半分ねぼけ眼だ。
「スキー帽をかぶった強盗らしきやつが、おまえの防犯装置に引っかかっていたんだ。この目で見たんだぞ。人相悪かったな。・・・それにしても、みんな一体ここで何をしてるんだ?」 やっと目がはっきり覚めてくると、妻や子どもたちがみんな外にいるのに気づいて、お父さんがたずねた。
ソフィーが声高に答えた。「わたし、泥棒を見たの。ノアの部屋の窓の外にいたのよ!」
「泥棒じゃないよ、ソフィー! ばかでかいロボットだよ。ぼくのゲームの兵隊とそっくりなやつ。」 マックスがきっぱりと言った。AJも、しきりにうなずいた。
だが、お母さんが首を振って言った。「ちがうわよ、ちがう。ロボットでも、スキー帽の男でもないわ。わたしの2番目に上等な服が引っかかってたのよ。たぶん洗濯ロープから吹き飛ばされて、あなたの防犯装置に引っかかったんだわ。明日にはもう、全部片付けてちょうだいよ! あんな騒々しい物があったら、だれも安眠できやしない。」
庭の空缶のガラガラいう音と共に、今度はちがう音がしてきた。甲高い音だ。
「あれ。今度はだれかの家の火災報知機が鳴ってるみたいだね。これじゃ、今晩は近所じゅうの人が眠れないよ。」と、AJが言った。
いっしゅん、みんな、シーンとなった。そしてみんな同時にさけんだ。「うちのだ!」
不気味なオレンジ色のかげと共に、キッチンの窓からけむりがとぐろを巻いて舞い上がった。
「父さんはAJのうちに行って、消防署に電話してくる。」 父さんは全力疾走しながら、肩越しに言い捨てて行った。後のみんなは前庭に残された。
やがて、家の周りの道路は消防車やら近所の人たちやらでいっぱいになった。近所の人たちは、再三再四マックスとAJの天使捕獲装置に引っかかった。
タリー家の面々と増え続ける野次馬は、キッチンの窓から出るオレンジ色の炎がやがて黒いけむりになり、次に灰色、そして最後には白いけむりになるのをぼう然とながめていた。
夜が明けた。二人の少年はAJの家のキッチンで、温かいココアを飲んでいる。そこへマックスのお父さんが入ってきて、へなへなといすにすわった。
お父さんはため息をついた。「やれやれ。これよりひどい損害にならなくてよかったよ。キッチンは一部リフォームが必要だがな。」 マックスはお父さんにココアを渡した。お父さんはありがとうと うなずいて受け取ると、話し続けた。「それに1階の床は全部、すすだらけだ。大掃除が必要だな。だが、家自体は無事だった。だれもケガしなかったしな。火災報知機が鳴った時にみんなが家の外にいたことを、神に感謝するよ。」
「お父さん、どうして火事になったの?」 マックスがたずねた。
お父さんはココアの入ったカップを見つめていたが、深く息をすうと、こう言った。「あれは、父さんのせいなんだ。ペンキの付いたぼろきれをキッチンのゴミ箱に捨てたから。そこへ、母さんが固まった廃油を捨てた。夜おそくなって、それに火がついたんだ。」
それを聞いたマックスとAJは、ぞくぞくしながら同時に言った。「自然発火だ!」
「前に聞いたことがあるよ。」 AJが意気込んで言った。「変な物が自然発火するんだ。亜麻仁油やペンキや綿や、たくさんのピスタチオが入った容器なんかね!」
「そりゃ、すごいね!」とマックス。
「家が燃えてしまうところだったのに、感心してる場合か!」 お父さんは額にしわを寄せて言った。「冬休みのほとんどは、すすだらけの壁を掃除するので終わってしまいそうだぞ。」
マックスがうめき声をあげると、AJがなぐさめに肩をパタパタとたたいた。
「一つだけ、不可解なことがあるんだが・・・。昨夜わたしたちがみんな庭に出た時、本当に見たのか・・・巨大なロボットを?」 お父さんがニヤリと笑って言った。
マックスが口ごもった。「そうだなあ・・・。すごく暗かったからなあ。もしかしたら、スキー帽をかぶった男だったかもしれないし、それか、母さんの2番目に上等な服だったかもしれないよねえ。」 お父さんは満足気にうなずくと、また外に出て行った。
AJは、いすに深くもたれると言った。「ぼくが考えてること、考えてる?」
マックスがにやりと笑って答えた。「チョコミントアイスクリームのことかい? カラフルなトッピングがのってるやつ・・・」
AJはいすをガタンといわせると、真面目くさった顔で前のめりになって言った。「わかんないのかい?」
マックスは笑って答えた。「もちろん、わかってるさ。ぼくたちの天使は、かなり賢いってことだろ。」
「まずは、君に、夜にガラガラいうワナを仕掛けさせただろ。そのおかげで、家族全員が家の外に出てきたんだから。ぼく達にはバカでかいロボット、君の父さんにはスキー帽の男、お母さんには2番目に上等な服を見させた。だから、キッチンのゴミ箱が燃え上がった時には、だれも家の中にはいなかった。」
「すごいと思わないかい?」
「全くだよ。」
「だけど、やっぱりトッピングののったチョコミントアイスクリームは食べたいなあ。」
「じゃあ、お店まで競走しよう。」
「オッケー!」
二人の少年は、猛スピードで道路を走って行った。だが、角に来ると、二人はピタッと止まった。マックスは照れくさそうに笑いながらAJを見た。AJは右側を、マックスは左側を見た。そして、二人は歩いて横断歩道を渡った。渡り終えると、二人はまたもや突進した。
今は冬。空気は冷たいが、太陽が輝いている。ゴミは自然発火することもある。だが、彼らの天使は見守ってくれていた。人生って、素晴らしい。
終わり
これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道であなたを守らせられるからである。彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。(詩篇 91:11-12)
文と絵:松岡陽子 デザイン:ロイ・エバンス出版:マイ・ワンダー・スタジオ Copyright © 2022年、ファミリーインターナショナル