教訓のある寓話:クジラのウォーリー
優先順序について
「捕鯨船がやって来るぞ!」 通り過ぎる船に巣を作っているカラスの鳴き声が響いた。
「もぐるんだ、ウォーリー! ジャンプしたり潮を吹いたりしてる場合じゃないぞ。あれは客船じゃないんだ。」
無邪気にはしゃいだり水上アクロバットをして楽しんでいたクジラのウォーリーは、しぶしぶ、エサを求めて移動中だった自分の群れの中にもどった。
「ごめんなさい、お母さん。」と、ウォーリー。
「しばらくじっとしていなさい。」と、父さんクジラが言った。頭上では、ボートからモリが投げ込まれている。「石鹸やロウソクや、女性用コルセットの骨になりたくはないだろう? 全員、目立たないように息をひそめているのが賢明だろう。」
「だけど、尾びれを使えばボートをひっくり返せるよ、お父さん。」
「今日はその必要はないよ、ウォーリー。ちょっと上をのぞいてごらん。ほらね? ボートはもうあきらめて、船にもどるところだよ。」
「父さんは、いざという時にはボートをひっくり返したことが何度かあるのよ。でもね、慎重さは勇気に勝るって、分かったの。そうよね、ハーマン?」
「そうさ、ハーマイニー。昔受けたモリの傷がその証拠だ。全体像をちゃんと見ていれば、痛い目にあわずに済んだんだ。ディックみたいに、運の悪いやつもいたしな。」
「ところで、みんな、お腹がペコペコだわ。そろそろ夕食が現れるころよ。」
下の方を見ると、何メートルも先で、ニシンの大群が、プランクトンの群れやサンゴ礁の中を通り抜けていた。クジラが近づいてくるのを見ると、ニシン達は速度を上げた。ところが、群れの先頭にいたメスの1匹が、どういうわけか群れから外れて、ウォーリーをからかうような目つきでゆらゆらと泳いできた。
「あなた、自分のことをかっこいいって思ってるのね?」
「どういう意味?」
「さっき、色々と見せびらかしてたでしょ。だけど、あの程度のジャンプや潮吹きじゃあ、まだまだね。」
ウォーリーはカチンときて、クスクス笑っている小魚を一呑みにしようと口を開けたが、小魚はするりと交わしてさっと逃げて行った。
「ウォーリー! 群れにもどれよ!」 弟のメルヴィルが、群れから後れ始めたウォーリーに気付いて言った。「あんなの、放っておけよ。前の方には、ものすごい群れがいるんだから。」
「もっとたくさんの魚ですって? だけど、そんなに大きくて勇敢なウォーリーでも、1匹もつかまえられないなんてね!」と、ニシンが言った。
ますます腹を立てたウォーリーには、もう、メルヴィルの叫び声が聞こえない。小さなニシンの後を追いかけ始めると、ニシンはプランクトンの間を勢いよく泳ぎ抜け、混乱した若いクジラをあちらこちらへと誘導していく。それでウォーリーは、ギザギザのサンゴに頭をぶつけたり、体をすりむいたりした。
ウォーリーがつかれてくると、突然、目の前に砂州が現れた。水はどんどん浅くなる。それなのに、まだウォーリーの目はニシンを追っている。ニシンは、まるで見失ってほしくはないかのようだ。自分を追いかけてくるウォーリーをクスクス笑いながら、愉快そうに、どんどん砂州に向かって行く。
とうとう、ウォーリーは砂底に突っ込んでしまった。尾びれをバタバタさせて力いっぱいもがいても、体はどんどん砂に深くもぐるばかり。終いには、巨体が砂に埋もれ、頭が水上に出たままになってしまった。周りを見渡し、ウォーリーは自分が陸に乗り上げていることに気付いて、がく然とした。
「任務完了!」 水の中を見下ろすと、ニシンが高笑いをしながら海の深みへ戻って行くところだった。
ウォーリーはあえぎながら、力をふりしぼってもがいたが、ちっとも動けない。
「陸に乗り上げてしまった。他のクジラが陸に乗り上げてしまった話は聞いたことがあるけど、まさか、自分がそうなるとは、思いもしなかったよ。」
日が暮れてきた。ウォーリーは自分の運命を悲しみながら、眠りに落ちた。
「見て、おじいちゃん。クジラよ!」
ウォーリーが翌朝早く目覚めると、はだしの少女がこちらに向かって砂浜を走って来る。
「死んでるのかしら?」と、少女がたずねた。
「いいや。陸に乗り上げてしまったんだな。」 少女の後から、つえをつき、網を引きずりながら追いついて来た、年配の漁師が言った。「だが、すぐに海にもどしてやらないと、死んじまう。潮が引いてしまったから、海までは遠いぞ。夕方まではもたないだろう。」
少女はわっと泣きくずれた。「どうしたらいいの、おじいちゃん。」
「村人達を呼んできなさい。そこらじゅうの村人達に呼び掛けて、すぐにロープとボートを2,3艘用意してくれるように頼むんじゃ。砂が乾かんうちに、早く。まだ若いクジラだから、体力があって良かったよ。そうじゃなきゃあ、とっくに死んじまってるとこだ。」
「神様。どうか、このかわいそうなクジラを安全に海に返してあげられますように。」と、少女が言った。
ウォーリーは目を閉じて、ニコッとした。ずっと心配だったが、少女の祈りを聞いて、安心したのだ。少女はウォーリーの頭をなでると、走り去って行った。
1時間半ほどたつと、重いロープがウォーリーの体にかけられ、海の方へ引きずられ始めた。自分ではどうすることもできないウォーリーは、うれしく思った。6人乗りのボート3艘がかりで、ウォーリーの体は砂の上を少しずつ進み、ついに、ウォーリーが自分で動ける深さにまで着いた。漁師達がロープを外すと、ウォーリーは尾びれをひるがえし、泳ぎ始めた。水上にちょっと頭を出して見てみると、陸で少女がうれしそうに手を振っている。ウォーリーが力強くジャンプして回転すると、少女は大喜びした。
(だけど、父さんや母さんや兄弟達は、一体どこにいるんだろう?) しばらくの間、大海原を当てもなく泳ぎ回ったが、上にも下にも生き物が見当たらない。そこで少女の祈りを思い出し、自分も祈ることにした。
「神様、どうか、ぼくが群れや家族を見つけられますように。それか、彼らがぼくを見つけてくれますように。・・・」
ウォーリーが祈り終えもしない内に、メルヴィルの声が聞こえてきた。
「母さん、ここにいるよ!」
ウォーリーが振り返ると、うれしいことに、母さんクジラと父さんクジラと群れのみんなが、ほっとした表情でほほ笑みながら、こちらへ向かってくる。
「どうやって、ぼくを見つけたの?」と、ウォーリー。
「あの小さなニシンに感謝するんだな。あいつがお前を砂州に誘導して行ったと言っていたんだ。はっきりとした場所は分からないが、真東の方だと言っていた。」と、ハーマンが言った。
「それは親切に。」と、ウォーリー。
「隠れた動機があったのさ。ニシンの群れが彼女に、1頭かそこらをおびき出すように指図したんだ。つまり・・・だまされやすいクジラのことだ。お前がいなくなったことに気付けば、私達がニシンを追うのを止めて、お前を探しに行くだろうと分かってたからだ。」と、ハーマンが言った。
「そして、実際そうなった。一晩中、お前を探したぞ。」と、ハーマン。
「だから、ぼく達はお腹がペコペコさ。ずっと、食べてないんだもの。」と、メルヴィル。
「だが、教訓を学んだだろう。そう望むよ。」と、ハーマン。
「何を学んだの、ウォーリー?」と、ハーマイニーがたずねた。
ウォーリーは恥ずかしそうに体をねじらせ、水中で1回転すると、こう答えた。
「えっと、小さなことで気をそらさせられては いけないってことかな。」
「そういうことだ、ウォーリー。全体像を見失っちゃいけない。そうでないと、お前ばかりか、他のみんなも、一番の目的を見失ってしまうってことだ。今回は、お前の傷ついた誇りやなんかのせいで、家族や群れ全体が夕食にありつけなくなってしまったんだぞ。」と、ハーマン。
「父さんの言う通りね。だからみんな、お腹がペコペコよ。でも、そろそろ夕食が現れるころね。」と、ハーマイニー。
終わり
文:ギルバート・フェントン 絵:ジェレミー デザイン:ロイ・エバンス出版:マイ・ワンダー・スタジオ Copyright © 2020年、ファミリーインターナショナル