マイ・ワンダー・スタジオ
将来の 家
水曜日, 10月 14, 2020

将来の 家

 ロドニーは うめき声を あげながら、無造作に 鉛筆で 紙を つついていました。その後、何とかして やっと 練習問題を 終わらせました。ロドニーは、かけ算の 九九が 大嫌いなのです。だからといって やらなければ、お母さんに しかられてしまいます。もう、むだにしている 時間は ありません。別に、いい 成績を 取りたい わけでは ないのですが、翌日には 算数の 小テストも あります。一方、ロドニーが 想像力と 手先の 器用さを 駆使して 作っている 帆船の 模型は、本だなの 上で 未完成の ままです。時には 気の 滅入るような 学校の 勉強が、どうして 自分の 人生で それほど 大切だと お母さんが 思っているのか、ロドニーには 理解できませんでした!

 ロドニーは 3年生の時、算数と 国語の 成績が 良くありませんでした。それで お母さんは、何とかして ロドニーが 良い 学習習慣を 身に 付けられるよう、やる気を 出させようと 決心していました。4年生で、またしても そんな 悪い 成績を 取らないようにです。時には、大切な 船を お母さんに 一時的に 差し押さえられて 腹が 立つことも ありましたが、何も 言わないほうが 得策だと 分かっていました。イライラ感を あらわに するには、ただ むっつりしているだけの ほうが 安全に 思えたからです。

 最悪なのは、成績が 良くない ことに 自分でも 腹が 立ったことです。ロドニーは、別に 両親や 先生を がっかりさせたい わけでは なく、単に やる気が 出ないだけなのです。船の 模型の パーツと パーツを つなげる わくわくするような 瞬間の 後には 必ず、宿題を なまけたことで、はげしい 罪悪感と 先生の しかめっ面に 直面することに なってしまいます。

 時計を ちらっと 見ると、もう 寝る 時間に なっている ことに、いつになく 喜びを 覚えました。ついに、勉強から 解放されるのです! 普段なら、夢中になって 小さな 錨や 船の 回転部分を 作ったり している ロドニーを 模型から 引き離し、明日も 学校が あるのだからと 言って 寝かせるのに、お母さんは 苦労していました。でも 今日は、もう お母さんは 忍耐の 限界に 来ているので、もし すぐに 寝ないなら、とても やっかいな ことに なってしまう ことは 分かっています。だから、良い子に なって、言われなくても ちゃんと シャワーを 浴び、寝る 準備を しなければ なりません。

 くたびれて、今日 起こった ことも わすれて くると、ロドニーは いつの 間にか、ある 大きな 家の 前に 立っていました。おかしな ことに、すべてが 霧の 中に 包まれて いて、その 家が どんな 家なのかは 分かりませんでしたが、それが まだ 建設中だという ことは 分かりました。もっと よく 見ようと して、ロドニーは 家の 周りを 歩き始めました。すると、レンガが 抜け落ちている 所が 何か所か あるのに 気が 付いたのです。その 抜け落ちた 部分の せいで、家の 構造が 不安定に なっているんじゃ ないかと 非常に 気に なりました。一体 どうして、だれも その穴を ふさがないのでしょうか?

 未完成の 大きな 家の 周りを ぐるっと 回った 後、家から はなれようと すると、家の となりに テレビのような 大きな スクリーンが ありました。最初 見た 時は 何も 映って いませんでしたが、そばに 寄ってみると、ピカピカの 黒い 画面に 自分自身が 映し出されました。宿題を サボって いるのが ばれないように、算数の 教科書を 前に 置き、かくれて マストを 船に 接着剤で 付けている 自分を 見ると、思わず はずかしく なりました。それから、画面は 建てかけの 家の 場面に なりました。そして、家の 右側の 壁から、また 1つの レンガが 落ちるのを 見ると、ロドニーの 顔は 恐怖に 包まれました。実際の 家の 壁からも レンガが 落ちたのか どうかを 見ようと 走り寄って みると、画面に 映って いたのと 同じ 壁には、確かに レンガの 抜け落ちた 穴が 開いていました。

 ロドニーが スクリーンの 所に もどると、さっきの 続きの 映像が 流れました。今度は、社会科の 質問に 対して 1パラグラフの 答えを 書くことに なっているのに、マンガを 読んでいる 場面でした。すると、もう 1つの レンガが 家の 反対側の 壁から 落ちました。ロドニーは それを 見て、全く 身が 凍るような 気が しました。もし これが 本当だったら どうしよう! (というのも、ロドニーには すでに、自分が 仮想現実か 夢を 見ているような、奇妙な 感覚が あったからです。もちろん、これは 夢でしたが、本当に 夢なのか どうか、半信半疑だったのです。)

 ロドニーは、宿題を する 代わりに こっそり 他の ことを していた 時の ことを 数え上げ始めました。あの家から、一体 いくつの レンガが 抜け落ちたのでしょう? 落ちた レンガを 見つける ことは できるのでしょうか? おそ過ぎて 家が くずれる 前に、穴を ふさぐ ことは できるのでしょうか? ロドニーは、穴に 手を 突っ込んでは、なみだを こらえながら、この ナゾめいた 家の 周りを ぐるぐると 走り回りました。

 すると、だれかの 力強い 手が ロドニーの 肩に 置かれました。ロドニーは 家の ことで 頭が いっぱいだったので、びっくりぎょうてんして 悲鳴を 上げました。くるっと 振り返って みると、白い 衣に 金色の 帯を しめた、白髪で 小柄な 男の 人が 立っていました。最初に 見た 印象は、天使なのでは、という ものでしたが、彼の 言葉から、そうだと 分かりました。彼が ほほえんで、こう 言ったからです。「私は 君の ガイドだ。何が 知りたいのかね?」

 ロドニーが 天使に 次々と 質問を 浴びせる 間、天使は 口を はさむことなく、しんぼう強く 耳を かたむけていました。その後、最初の 質問から 答え始めました。「家が 霧に 包まれて いるのは、それが 君の 将来の 人格を 表す 家だからじゃ。まだ 定まって いないから、はっきりと 見えないのだよ。大人に なるまでに どんな 家に なるかは、今、君が 毎日 下している 1つ1つの 決断によって 決まるのじゃ。

 ただ、開いた 穴は ふさぐ ことが できるから、安心しなさい。しなくては ならない ことから 気を そらす 誘惑に 抵抗するたびに、穴は ふさがれ、家の 構造に レンガが 1つずつ 増えていくのじゃ。君の お母さんが それほども 教育に 力を 入れるのは、君が 良い 成績を 修めるのを 見たいからでは なく、たとえ 退屈で つまらない ことで あっても、必要な ことは ちゃんと するほどの 自制心を 備えた、強い 意志を 持つ 大人に なって欲しいからじゃ。

 必要な ことに 集中できないと、人生で 大切な ことは 決して 成し遂げられない。だが、強い 意志が あれば、楽しい ことでも そうでない ことでも、やり抜くだけの 意欲を 持てる。日常の やるべき ことは、ねばり強さと 勤勉さを 身に 付けるための 練習なんだと 分かって くるだろう。」

 天使が 話した ことについて 考えようと していると、ロドニーは いつの間にか、自分の お気に入りの イルカの ベッドカバーの 上に 寝転がっていました。青い まくらは 床に 落ちていました。ロドニーは まくらを 拾うと、自分に するべき ことが あることを ぼんやりと 思い出しました。一生懸命 考えましたが、思い出せるのは、船の 模型に 関係が あるという ことだけでした。忘れてしまった 夢を 一生懸命 思い出そうと して、ロドニーは また 眠りに つきました。

 朝日が 窓から 差し込んで きましたが、ロドニーは 自分の 見た 夢が 思い出せない ままだったので、少し むくれていました。ベッドから 起き上がり、むっつりと ランドセルに 手を のばした時、どういう わけか、ランドセルを 見て うれしく 思っている 自分に 気が 付きました。忘れてしまった 記憶が もどって 来そうな 気が したからです。

 いい においに 誘われて 階段を 降りていくと、お母さんが 目玉焼きを 焼いていました。ロドニーは 思わず 息を のんで さけびました。「そうだよ、そうだ! 思い出した! 夢を 思い出したよ! レンガだ! 今日は あの穴を ふさがなくちゃ!」

 「ロドニー! 朝っぱらから わめき散らして、一体 どうしたのよ?」 お母さんは、さっぱり わけが 分かりません。

 「ごめん。お母さんを 見て、大切な ことを 思い出したんだ。」 そう 言って、ロドニーは 出来立ての 目玉焼きが のった お皿を つかみ、朝ご飯を ペロリと 食べて しまいました。

 かけ算の 小テストを コツコツと やりながら、ロドニーの 頭の 中では、小さな 数が ビュンビュンと 飛び交っていました。学校へ 行く 途中の バスの 中で、ロドニーは 以前 何度も やったように、小テストに 備えて、一生懸命 最後の 復習を したのです。ロドニーは 今、最初から もっと いい 生徒に なっていたらなぁと 思っていました。つめこみ勉強は 楽しく ありませんし、そんなに 急いで 勉強しようと しても、すべてが すぐ 頭に 入る わけでは ないからです。

 けれども、一応は 合格した 小テストも 含めて、その日の 授業が 全て 終わると、ロドニーは、あることを はっと 思い出しました。彼が 作った 小さな 船長の 頭が かたむいていた ことです。ランドセルを 置くと、ロドニーは 船の 甲板から 船長を 取り出し、おかしな 間違いを 正すべく、作業に 取りかかりました。それから 一等航海士と 二等航海士も 確認すると、そちらも 頭が かたむいていました。すると、開いた 窓の 外から 風が 吹き込んできて、船の 帆を 乱しました。

 これらの 点検が 全て 終わって 時計を 見ると、もう 丸々10分が 過ぎていました。その上 ロドニーは、なぜか なくなってしまった 手すりの 小さな パーツの ことで 頭が いっぱいでした。でも 悲しい ことに、翌日 出さなくては ならない 理科の 宿題の ことは、ロドニーの 頭の 中の やることリストには 影も 形も ありませんでした。

 すると、ろうかの 方から 足音が 聞こえてきたので、ロドニーは あわてて 理科の 教科書を つかみ、机の 上に ドサッと 置きました。部屋の 前を 通り過ぎたのは お母さんでした。何か 考え事を しながら 自分の 部屋に 入って行ったようです。その時、例の 白い 衣に 金色の 帯を しめた、白髪で 小柄な 男の人の 姿が 頭の 中を よぎりました。ロドニーは 絶望感に おそわれました。レンガが また 1つ、抜け落ちてしまう! いや・・・そうは させないぞ! まだ、この後の 午後と 夕方の 時間が あるのですから。

 ロドニーは 大きな 箱を 出してきて、その中に そっと 船の 模型を 入れ、ふたを テープで しっかり 貼って、理科の 課題に 取りかかりました。算数の 小テストで 間違った 所も 復習して 直しました。宿題が 片付いて いくのは、とても いい 気分でした!

 ロドニーが 社会の 教科書を 出していると、携帯が 鳴りました。「やあ、ドナルド!」 今は 船の 模型について 話している 時間が ないことを、どうやったら やんわりと 伝えられるか、ロドニーは 考えていました。ドナルドは 近所の 友達で、ロドニー以上で ないに しても、同じくらい 船の 模型が 大好きなのです。

 「客室を 作る すごい アイデアが あるんだ。」 ドナルドは 興奮しながら 言いました。「うちに おいでよ。見せてあげるから。」

 「ドナルド、本当に ごめんね。行きたいけど、まだ 宿題が 終わって ないんだ。」 ロドニーは、友達を がっかり させないように、勇気を ふりしぼり、ありったけの 言葉を 駆使して 答えました。

 「そんなの、学校に 行く 途中に やれば いいじゃ ないか。来いよ、ロドニー。」

 「ごめん、今 ちょっと 忙しいんだ。」 ロドニーの 指は、あの 楽しみが 入っている 禁断の 箱を 開けたくて たまりません。ロドニーは、家と レンガと 白い 衣を 着た 人の ことを、繰り返し 自分に 思い起こさせました。

 「そんなに いい子ぶるなって。」 ドナルドは しつこく 言ってきます。

 「そんなら、いい子でも いいさ。」 ロドニーは 不機嫌そうに 言いました。本当は、「ぼくを 放って おいてよ。そうで ないと、言い負かされそうだから!」と 言いたかった だけなのですが。

 「ふん。」 ドナルドは うなり声を 上げると、電話を 切りました。

 ロドニーは、仕方なく 社会科の 復習を しました。模型の 船を 作るのが クラス一 上手な ドナルドと いっしょに 見事な 船の 制作に 取り組む ことと 比べたら、教科書は たえがたいほど 退屈に 思えました。けれども、自分の 将来の 家は、ちょっとした 傑作よりも、はるかに 大切な はずです。電話中に 通りがかった お母さんも、誇らしげに やさしく ほほ笑んで くれました。

 就寝時間に なると、ロドニーは つかれて 早く 寝たい 気分でした。目を 閉じて うとうとしていると、ガイドが 自分に ほほ笑みかけて くれているのを 感じました。自分の 将来の 家の 壁の 穴が また 1つ ふさがれたという 喜びを かみしめながら、ロドニーは 眠りに つきました。その 家は、きちんと がんじょうに 建てられ、将来を 過ごすのに 安全な 家で なければ いけません。ロドニーは その 家を、毎日毎日、レンガを 1つ1つ きちんと 積み上げながら 建てる 決心を したのでした。

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タグ: 教育, ねばり強さ