パッペンドーフ 第2話:レディ・ホワイトと ブランシェ
アナベルは ケスラー家の 客間を のぞいて、あぜんと した。荷物の 山の 一番 上には 巨大な ノアの 箱舟が、上部が 開いたまま 横倒しに なっている。しかも、中身は ほとんど 床に 落ちて 山と なっている。
「ケイラ、早く 来て! シ~ッ、みんなを 起こさないようにね!」 アナベルが ささやいた。
「うわあ! すごく たくさんの 仲間たちね。まるで、世界中の ぬいぐるみが 全部 集まったみたい。だけど、どうして みんな、ねむっているのかしら?」 ケイラが 言った。
「エリンと ジュリエットと 二人の 子供達が、はるばる ヨーロッパから やって来たばかりなの。向こうでは、今 みんな ねむっている 時間なのよ。時差ボケって 言うんですって。」 アナベルが 説明した。
「どうやら、体内時計と 関係が あるらしいわ。」 アナベルが 自信ありげに 言った。
「ホー、ホー、わしゃ ねむっておらんぞ。」 フクロウの 鳴き声が 聞こえたかと 思うと、羽を バタバタさせる 音が して、箱舟の 中から フクロウが 飛び出てきた。「わしゃ、オリーじゃ。フクロウの オリー。」
フクロウが つばさを 差し出すと、人形達は 「こんにちは」と 言って 愛想よく あく手を した。
フクロウが 言った。「他の みんなは、昼でも 夜でも、ねたい 時に ねれば いい。ホーホー 鳴く 必要は ないからな。だが、わしは 夜には 起きていて、ホーホーと 鳴かねば ならん。そして、昼間に ねむるのじゃ。だが、今は 他の みんなと 同じく、目を さましておる。これでは わしの 知恵も 台無しじゃ。」
「まあ。どうしてなの?」 アナベルが たずねた。
「つまりだな、わしは 夜に しーんと 静まり返っていないと、耳を かたむける ことが できんのじゃ。ここに 着いてから、まだ 2,3時間しか たっておらんし、日中の そうぞうしい 雑音と 混乱の せいで、自分が 考えている ことすら 聞こえん。」
アナベルは 深く 考えこんで 言った。「では、何か 手を 打たなければ いけないわね。アンジェラに 相談しましょうよ。アンジェラは いつも、毎日の 決まりごとが 急に 変わって 大変な 1日に なっても、私達が 静まって 落ち着くのを 助けてくれるもの。」
「ふむ。わしの 決まりごとは、確かに メチャクチャに されてしまいおった。夜に ねむるだって? 正気な 賢い フクロウなら、そんな ことは 絶対に せんぞ。」
「その 気持ち、わかる 気が するよ。」 後ろの 方から、声が した。
「あら、ブルーノ。こちらは オリーよ。」 アナベルが 紹介した。
「口を はさんで ごめんよ。だけど、ぼくは クマだって いうのに、熱帯地方に 来てから 冬眠の 楽しみが なくなって、参ってるんだ。」
「まあまあ、ブルーノ。不平は 禁物よ。」 ケイラが 言った。
「そうだね、ごめん。だけど、その ことで 話したかったら、喜んで 話を 聞いてあげるよ、オリー。」
「ありがとうよ。もし 昼間に 目が さめて、話し相手が ほしい 時には、よろしく 頼むよ。」と オリー。
すると、ぬいぐるみの 山が もそもそと 動き、オリーに、だれと 話してるのと たずねる 声が した。
「おとなりさんの クマと 人形達じゃ。出てきて、顔を 見せなされ。」 オリーが 答えて 言った。
すると、首に ピンクの リボンを 巻いた、雪のように 真っ白な メスの ホッキョクグマの 子が 出てきた。ブルーノは、目の 玉が 飛び出そうなほど ドキッと して、息を のんだ。
「初めまして。私の 名前は、ブランシェ・ホワイト。レディー・コンスタンス・ホワイトの 娘よ。」 はにかみながら、ホッキョクグマが あいさつした。
「初めまして、ブランシェ。私、アナベルよ。」
「私は ケイラ。」
「ぼ、ぼく・・・ブ、ブルーノ。」
「アナベル! ケイラ! 今日は 1日中 ドールハウスが 散らかしっ放しよ!」
ケイラが 言った。「アンジェラだわ。私達、行かなくちゃ。お話しできて 楽しかったわ、オリー。そして ブランシェも。みんな、早く 時差ボケが 直ると いいわね。」
「ありがとう。まあ、思いっきり 飛んでくれば、つかれて ねむれるかも しれん。」
ホーと 鳴くと、オリーは 窓から 飛び立っていった。後には、ブランシェの かがやく 目に くぎづけに なって 言葉が 出ない ブルーノが 残された。
「ねえ。あそこに ある バッグには、信じられないくらい おいしい ものが 入ってるのよ。」 ホッキョクグマの 子は、いたずらっぽく 笑いながら ささやいた。
「はちみつかい?」
「もちろん ちがうわよ。クマは みんな、はちみつを 食べるもの。」
「シロップ?」
ブランシェは 首を 横に ふった。「ちがうわ。もっと いい ものよ。来て。」
ブルーノは ブランシェと、壁に かたむきかげんに 開いている ダッフルバッグに よじ登った。
「なめてごらんなさいよ。」 ブランシェは 大きな ビンの ふたを 開け、中に 前足を つっこんだ。
「う~ん。」 ブルーノは 舌なめずりを した。
「おいしいでしょ?」 ブランシェが ほほえんで 言った。
「うん。これ、なあに?」 ブルーノは 再び 前足を とろっとした こげ茶色の 液体に ひたしながら 言った。
「糖蜜よ。」
「聞いたこと、ないなあ。」
「北ヨーロッパでは、どこにでも あるのよ。気を つけて、バッグの 中の あちこちに、したたり落ちてるわ。」 ブランシェが 注意した。
「ブランシェ! 一体全体、何を してるの!」
ブランシェと ブルーノが 見上げると、大人の ホッキョクグマの おこった 顔が 目に 入った。ブランシェは ドキッと した。
「マ、ママ! ねてるんだと 思ってたわ。」
「そこらじゅうを ベタベタに して。エリンと ジュリエットが 見たら、すごく おこるわよ。それに、そこに いるのは だれ?」
「彼は、ブルーノって いうの。彼も クマよ。」
「そんな こと、見れば わかるわ。だけど ヒグマじゃ ないの。」 母グマは うなり声を あげた。
「それが どうかしたの、ママ?」
「娘には、ヒグマとなんか 付き合って ほしくは ないわ。」
「だけど ママ、私達、まだ 初めて 会ったばかりよ。それに、彼は とっても やさしいの。」
「そんな こと、聞きたく ないわ。今すぐ、そこの バッグから 出なさい。前足を ふいて、茶色の 友逹に さよならするのよ。」
涙ぐみながら、ブランシェは バッグから はい出た。そして 部屋を 出ていく ブルーノに 手を ふると、母グマに 続いて 箱舟の 中に 入って行った。
2回ほど ドアを ノックする 音が したかと 思うと、だれかが 「どうぞ」と 言う 間も なく、ドアが バタンと 開き、レディー・コンスタンス・ホワイトが どかどかと 入ってきた。前足には 小さな 紙切れを つかんでいる。それを、アナベルの 顔に つきつけた。
「これが 何だか、分かる?」 レディー・ホワイトが 言った。
「紙切れでしょ?」 アナベルが わざと とぼけた 答え方を すると、パッペンドーフの みんなが どっと 笑った。
「一体、どうしたと 言うのよ?」 アンジェラが ねむそうな 声で たずねた。「今は 昼寝の 時間よ。私、つかれてるんだけど。」
「あなたが、この しけた 場所の 責任者ね。それなら、この 件は あなたに 聞くべきね。」 レディー・ホワイトが 言った。
「この 件って?」
「これを 読んでちょうだい。」
アンジェラは 紙切れを 受け取ると、短い 手紙を 読んで ほほえんだ。「やさしいのね。」
「やさしいですって?」 レディー・ホワイトが 荒々しく 言った。
「シーッ。お昼寝してる 人が いるの。そうよ、やさしいわ。」 アンジェラが ひそひそ声で 言った。
「あなたの 所の ヒグマの 知り合いから 私の ブランシェへの 感傷的な ラブレターが やさしいですって?」
「ラブレターという わけじゃ ないわ。彼は ただ、ブランシェと いられるのを 感謝していて、もっと いっしょに 時間を 過ごしたいって 言ってるだけじゃ ない。」と アンジェラ。
「それじゃあ、手紙の 最後に 書かれている この Xの マークと、大きな ハートは 何なのよ?」
「Xは キスの ことで、ハートは・・・。」
「そういう こと。つまり、ラブレターじゃ ないの。愛が 何か、まだ 分かってさえ いないのに。ところで、彼は どこ?」
「ブルーノは たぶん、ふしぎの 森で 昼寝をしてると 思うわ。あそこが 好きなのよ。」 アンジェラが 答えた。
「私、ブルーノと ブランシェが 友逹に なったら すてきだと 思うわ。」 ドリスが 口を はさんだ。「最近 彼は さびしそうだもの。」
「さびしいですって。彼は さびしいって ことが どんな ことか、分かってないのよ。」 レディー・ホワイトは 低い うなり声で 言った。
「ちょっと お聞きしますが、ブルーノが ブランシェと 関わる ことを、なぜ そんなに 反対するのかしら?」 アンジェラが たずねた。
「彼は、社会的に 地位の 低い ヒグマよ。だけど うちの 娘は、純粋な ホッキョクグマなの。だから そんなの、絶対に だめよ。」
プリシラが たずねた。「どうしてなの? 近所に キャサリンと エドガーって 人が 住んでるけど、キャサリンは 白人で エドガーは 茶色いわ。とっても いい 人たちよ。」
「それに、心から おたがいに 愛し合っているわ。」 アンジェラも 言った。
「ふん。だけど、うちの ブランシェが あなたの とこの ブルーノと 結婚して 子グマが 生まれたら、どうなるのよ? うちの 純粋な ホッキョクグマの 家系が 断たれるのよ。」
「子グマが 白くないと、何か 大きな 問題にでも なるの?」 ドリスが たずねた。
レディー・ホワイトは、プンプンしながら アンジェラの 手から 紙切れを つかみ取った。「とにかく 私は、うちの 娘が あなたたちの とこの ヒグマ友逹と これ以上 関わる ことには、断固として 反対ですからね。きっぱり お断りします。」
そう 言うと、レディー・コンスタンス・ホワイトは 憤慨しながら、ドアを バタンと 閉めて 出て行った。
アンジェラと パッペンドーフの みんなが、ヒルズ姉妹の 家の 前に 用意された お茶の セットの 周りに 集まった。「ヒルズ姉妹は、私達のために 苦労して 低カロリーの すてきな 夕食を 用意してくれたのよ、ブルーノ。」と アンジェラが 言った。「口に 合わないかも しれないけど、せめて 楽しそうに してあげね。」
バーバラ・ヒルズも 言った。「そうね。ここ 2日ほど、あなたは ふさぎこんでるわ。頭でも いたいの?」
ブルーノは 首を 横に ふった。
「じゃあ、寝不足?」 ビバリーが たずねた。
「ブルーノは たくさん ねてるわよ。原因は たぶん、あの ことじゃ ないかしら。」 ケイラが 言った。
「待って。私が 当てるわ。えっと・・・、ブランシェの ことでしょ?」 アナベルが 言った。
ブルーノは うつむいて、何も 言わなかった。
「ブランシェって、だあれ?」 バーバラが たずねた。
「ホッキョクグマの レディー・コンスタンス・ホワイトの 娘よ。」
「まあ。上級社会のね~。なるほど。ずんぐりして なければ、彼女は きれいなのにね。」と ビバリー。
「減量の ことなら、私達が 何とか してあげられるわ。」と バーバラ。
「クマは ふつう、ずんぐりしてる ものよ。病気でない 限りはね。」 アンジェラが 言った。
ドアが 勢いよく バタンと 開き、ねむっていた パッペンドーフの みんなが 目を 覚ました。ただ、みんなの ほっとした ことに、今回は レディー・コンスタンス・ホワイトでは なく、娘の ブランシェだった。彼女は 泣きはらした 目を している。ブルーノは 段ボール箱から 飛び出した。プリシラの 二段ベッドから 落ちて 一晩中 床に 転がっていた アナベルも、目を こすった。
「おはよう、ブランシェ。どうしたの?」 アナベルが 眠そうに 言った。
「ママが・・・。一晩中、ママが 帰って来てないの。どこに いるか、だれも 知らないのよ。夜 出かけたみたいなんだけど、まだ もどってきて ないの。」
「あら、大変。」と アナベル。
このころには、パッペンドーフの みんなも はっきりと 目を 覚まし、この 会話を 聞いていた。
バーバラ・ヒルズが 言った。「シュンバに さがしてもらいましょうか。きっと、すぐに 見つけてくれるわ。」
シュンバは 疑い深そうに 目を 大きく 見開いた。
「それは どうかな。大人の メスグマと 取っ組み合いを した ことなんて、ないからなあ。」と シュンバ。
すると、バーバラが 言った。「取っ組み合いなんて 言ってないわ。ただ、見つけるだけよ。きっと、才能が 発揮できるわよ。だって、ジャングル・キングで あなたは・・・。」
アンジェラが 二段ベッドから 出てくるのを 見て、アナベルも すかさず 言った。「ノウジーでも いいんじゃない? やってみたら?」
ノウジーが 言った。「においを たどれるよ。きっと 見つかるさ。」
「トラブルに 巻きこまれたのかしら?」と ブランシェ。
「この辺りで 巻きこまれる トラブルなんて、あるかしら。ジャングルを うろつくような オスの ホッキョクグマも いないのにね。」 バーバラが いやみを 言った。
アンジェラが 言った。「全く、バーバラったら。そんな 軽率な ことを 言うもんじゃ ないわ。」
バーバラは 肩を すくめると、ゆううつそうに かみの毛を ブラッシングし始めた。
「ぼくが 行くよ。」 そう ブルーノが 言うと、みんなが 彼に 注目した。
「あなたが?」と ビバリー。
「ぼく、他の クマの においは よく 分かるんだ。」と ブルーノ。
「ホッキョクグマでも?」と ブランシェ。
ブルーノは 頭を ゆっくりと 上下左右に 動かした。「うん。もし 分からなかったら、彼女が 見つかるように 祈ることも できるし。」
アンジェラが 言った。「立派ね。自分の 知恵に 頼るよりも いいじゃない。あなたに 任せるわ。」
快活そうに ほほえむと、ブルーノは 深く 息を すいこみ、胸を 張った。そして、前足を ブランシェに 差し出した。ブランシェも 信頼して ブルーノの 前足を 取ると、二頭は 任務を 果たすために、ゆっくりと 部屋を 出て行った。
「どこへ 行くの?」 地下室へ 向かいながら、ブランシェが たずねた。
急に、ブルーノは 空気の 中に ただよっている においを かいで 言った。「・・・やっぱり、確かに クマの においだ。だけど、他の においも 混ざっている。」
「暗いわね。」 ブランシェが 不安そうに ブルーノに しがみついた。
「心配ないよ。ただの 地下室さ。ここで 人間の 男の 人達は、物を 直したり、大工仕事を したり するんだ。だから、ここには いろんな 道具や 必需品が あるんだ。」
「だけど、ママが こんな 所で、一体 何を するかしら?」
ブルーノは 「分からない」と いうように、肩を すくめた。そして、においを かぎ続けた。「そこだ!」 突然 そう 言うと、ブルーノは すみに 向かって ずんずん 入って行った。「あそこに あるの、例の バッグに 入っていた 大きな 糖蜜の びんじゃ ない?」
ブランシェは うなずいた。そして、周りの 床に こぼれて 固まっている 茶色の かたまりの においを かいだ。「そうは 見えるけど、においが ちがうわ。」
すると、急に 地下室の 明かりが ついた。ブルーノと ブランシェは、セメントの 袋の かげに かくれた。
「そこの 防腐剤の びんを 持ってきておくれ。わしは、刷毛が きれいに なっているか どうかを 確認しておくから。」と、年配の 男の 人の 声が した。
すると、若い ほうの 声が した。「よしきた。・・・おい! 子供の だれかが、ここに テディベアを 落としたみたいだぞ!」
「大変! ママだわ!」 ブランシェが ひそひそ声で 言った。
「こりゃ ダメだな。ゴミ箱に 入れとくよ。」 若い 男が 言った。
ブランシェは わっと 泣き始めたが、ブルーノが こらえるようにと 合図した。
「ドアの そばに 置いとけや。捨てるのは 後で いい。今日は まず、あの さくの ペンキぬりを 終えなきゃ いけないからな。」 年配の 男の 人が、階段を 上りながら 言った。
男の 人達の 声が 聞こえなくなると、ブルーノと ブランシェは ぼうっと している レディー・ホワイトの 元へ かけつけた。彼女は 2頭だと 気づくと、弱々しく ほほえんだ。
「ママ! そんな べたべたな ものに ひたっちゃって。一体 どうしたの?」
ブルーノは 彼女を 自分の 背中に 引きずり上げて 言った。「それは 後で 教えてください。今は とにかく ここから 脱出しないと。」
レディー・ホワイトが かれた 声で ささやいた。「どうしましょう。あの 地獄の 苦しみみたいな 洗濯機の 中に 入らないで 済むかしら。」
「ゴミ箱に 捨てられてしまうよりは いいわ。ママが 見つかって、本当に 良かった。そこで おぼれてしまったかも しれないのよ。」 ブランシェが 言った。
パッペンドーフの みんなが 見ている 中で、毛に ついた 防腐剤の 残りを 洗い落とそうと プリシラが ゴシゴシ やっている間、シャンプーの 泡が 目に しみるなどと レディー・コンスタンス・ホワイトは ぶつぶつ 言っていた。
「私を 乾かすために、洗濯ばさみで つるしたりなんかは しないでしょうね? ここに 来る 前、人間達は 私を 洗濯機に 放りこんだ後、つるしたのよ。本当に、地獄の 苦しみみたいだったわ。」
プリシラが おだやかに 言った。「タオルで ふけば、そうしなくて 済むかも しれないわ。」
「だけど、『洗濯機で 洗えます』とか 書いた ラベルは 持ってないんですか?」 ブルーノが たずねた。
「前は あったわ。だけど、ブランシェに 切り取ってもらったの。人間に、洗濯機で 洗おうなんて 考えてほしくなかったもの。問題は、そんな ラベルが あっても なくても、人間は とにかく 私を 洗濯機に 放りこんだって ことよ。」
アナベルが 言った。「もし 毎日 こまめに 洗っていたら、そんな おおごとに ならなくて 済むわ。」
「私は、いつも 白い 毛に 少しも よごれが ないように していたのよ。しみの ついた ホッキョクグマなんて、全く 恥さらしですからね。ここにいる 娘の ブランシェにも、清潔さを おこたるたびに、注意しなければ ならなかったのよ。」
「ママ~。」 ブランシェが うなった。
「とにかく、大部分は 落ちたわ。」 取り乱した クマを タオルで ゴシゴシ ふくと、ドリスが 言った。「だけど、色が 少しずつ 落ちていくまでは、茶色の ままで いなくちゃ いけないようね。」
「まあ、何てこと! 茶色ですって?」 レディー・ホワイトは ぎょっと した。
「残念だけど、これ以上は 無理よ。でも、すてきな 明るい 茶色よ。」と アンジェラ。
「ぼくは、とっても 似合うと 思いますけど。きっと、ロード・ホワイトも、気に 入ってくれると 思います。」 ブルーノが 言った。
「ロード・ホワイトは、こんなの 目にも くれないわ。」 レディー・ホワイトが 悲しげに つぶやいた。
気づまりな ちんもくを 破って、アンジェラが 言った。「それにしても、防腐剤って、強烈ね。それが 何だと 思ったんですって?」
「糖蜜よ。」 レディー・ホワイトは おどおどしながら 答えた。
「それ、何?」 ドリスが たずねた。
「モラセスみたいなもの。黒っぽい シロップみたいな ものよ。」 プリシラが 答えた。
「とにかく それが、ものすごく おいしいらしいのよ。そうでしょ?」
レディー・ホワイトが うなずいた。
パッペンドーフの 部屋の ドアを ノックする 音が した。「どうぞ。」と 返事が 聞こえると、ドアが ゆっくりと 開いた。レディー・コンスタンス・ホワイトだ。
「今、おじゃまして よろしいかしら?」
「ええ、もちろんよ。」 アンジェラは 読んでいた 雑誌を 置くと、すみの いすから 立ち上がった。「みんな ねているから、ひそひそ声でね。」
レディー・ホワイトと アンジェラは その日の 出来事について ちょっと 世間話を した後、レディー・ホワイトが 言った。「とにかく 私、防腐剤事件から、人生の 教訓を たくさん 学ばされたわ。現代風に いうと、目を 覚まさせられたって 言うのかしら。」
アンジェラが うなずいた。
レディー・ホワイトは 話し続けた。「私、ブルーノの ことを 不当に 悪く 決めつけて いたわ。彼は とうとい クマなのにね。今回の 事件で、彼は 実に 立派だった。賞賛に 値する ふるまいだったわ。」
レディー・ホワイトの 目に、なみだが あふれた。「クラレンス・・・つまり、ロード・ホワイトの ことなんだけど、彼は ブルーノの ことを とても 誇りに 思ってくれると 思うわ。そして きっと、娘と ブルーノが 友逹に なるのを 祝福してくれると 思うわ。」
「そんな ことを 言ってくれるなんて、本当に やさしいのね。」 アンジェラは ティシューを 差し出しながら 言った。
「だから、ブランシェが ブルーノと 友逹になって いいって いうことを、言いたかったの。それに、箱舟で やることには 何でも、いつでも 歓迎するわって 伝えたかったのよ。」
「本当に ありがとうございます。ブルーノにとって、それが どんなに うれしいことか、想像できないでしょうね。彼は パッペンドーフでは 最も 頼りがいの ある 一員なんですよ。」と アンジェラが 言った。
「それは 確かね。どうか、私の 祝福と おわびの 気持ちを お伝えくださいな。」と レディー・ホワイト。
「もちろんよ。そして あなたも もちろん、いつでも 私達の お茶会に 歓迎するわ。エリンと ジュリエットの おかげで、糖蜜も たくさん ありますから。」