パッペンドーフ 第1話:おそろしい シュンバ
はじめに
こんにちは! それとも、「ボンジュール」か 「オラ」か、ブラジルなら 「ボン・ディア」かな。もしかしたら、君達は 今、ベッドの 中で この お話を 読んでいるかも しれないから、それなら 「こんばんは」だね。(それか、みんなが 住んでいる 国の 言葉でね。) この お話は ブラジルでの ことだから、ポルトガル語では 「ボア・ノイチ」って 言うんだ。じゃあ、目を 閉じてごらん。今から、美しい ブラジルの 町 ペトロポリスの、ある お屋敷に 行くよ。その 家の 子供部屋には、パッペンドーフっていう 小さな 人形の 村が あるんだ。「パッペン」は ドイツ語で 「人形」、「ドーフ」は 「村」っていう 意味だよ。
(ところで、ふと 気づいたんだけど、もし 自分で この お話を 読んでいるなら、目を 閉じて 想像しながら 読むことは できないよね。その 場合は、目を 開けて 読みながら 想像してね。)
じゃあ、どうして この 場所を 「人形村」じゃ なくて、ドイツ語で 呼ぶのかって? それを 説明するには、その お屋敷に 住んでいる 家族の 背景を、ちょっと 話さなくちゃ いけないな。
アルバートと サンドラ・ケスラー夫妻は、アメリカの 科学調査隊の 一員で、この 夫婦には 3人の 娘さんが いる。12歳の アンジェラと、9歳の ドリス、それに 末っ子で 7歳の プリシラだ。それから、この 家族と いっしょに 住んでいる 子供達の 家庭教師、ドロシア・クロース。彼女は ドイツ人で、子供部屋の 人形や ぬいぐるみ達の 集団を 「パッペンドーフ」って 名付けたのも、彼女なんだ。
この 家族には、リベカという ブラジル人の 料理人と、マリア・ルズという 女中さんが いて、使用人の 部屋に 住んでいる。それに、屋敷の 敷地内の すみに ある 小さな 小屋に 住んでいる ホゼーは、敷地内の 管理を し、また お抱え運転手でも ある。
さて、たいがいの 子どもたちは、何かの ふりを して 遊ぶ ことが 好きだよね? だから この パッペンドーフに 入る 前に 言っておくけど、この お話の 中の 出来事も、アンジェラと ドリスと プリシラの 想像の 中の 出来事なんだ。君達も、頭の 中で ここに 書かれた 出来事を 想像してね。
だけど、人形達が 学ぶ 教訓を 私達の 暮らしにも 当てはめれば、この お話は 生きた ものと なるんだ。イエス様が 地上に おられた 時も、たくさんの 子供達が 周りに 集まって来たって、知っていたかい? そして きっと、たくさんの 子供達、特に 小さな 女の子達は、ちっちゃな お人形や、動物の ぬいぐるみを だっこしていただろうね。もちろん、昔は わらを つめた ものだったから、今みたいに じょうぶでも 本物みたいでも なかったけど、子供達にとっては、宝物みたいな ものだったんだ。イエス様が 人形や ぬいぐるみを 使って、集まって来た 子供達に 何かの 教訓を 教えている ところを 想像してごらんよ。天国に 入るのに 必要な 信仰の 実例として、小さな 子供を 使って 説明して下さった 時みたいにね。
では 子供達、パッペンドーフへの 訪問を、楽しんでくれたまえ。そして、クリスマス人形の アナベルと、ブラジル人形 ケイラと、着せ替え人形 バーバラと ビバリー・ヒルズ姉妹、それに 犬の ノウジーと クマの ブルーノ、それに 子ライオンの シュンバが 繰り広げる ちょっとした お話から、教訓を 学び取ってくれたまえ。
パッペンドーフは、上へ 下への 大さわぎだった。部屋には、期待に 満ちた 空気が ただよっている。バーバラと ビバリー・ヒルズは、鏡の 前で おめかししながら 得意に なっていた。その 一方で、ケイラは 必死に つめを みがき、アナベルは、アクリル製の ちりぢりに なった かみの毛に 何とかして くしを 通そうと している。
けれども、犬の ノウジーは すみの 方で むっつりと すわって、空っぽの お皿を なめていた。
(これが 犬の 人生と いうものさ。) ノウジーは 思った。
「シュンバって、狩りが ものすごく 上手なんですって。」 長い ブロンドの 髪の毛を とかしながら、バーバラ・ヒルズが 言った。
「聞いたわ。」 長い 黒髪を 編みながら、ビバリー・ヒルズが 甲高い 声で 言った。「ネズミや ネコを 追いかけるだけじゃ ないんですってね。」
「それに、すごい 腕前で、何たって 速いんだって! なまけ者の のろまじゃ ない ことは 確かね。」 ケイラも、つめを 入念に 調べながら、会話に 加わった。
「それに、見たところ・・・。」 アナベルは そう 言いかけて、最近 学んだ 言葉が 効果を 発揮できるのを 待ってから 続けた。「ものすごい 番犬なんですって。どろぼうや 何かを 追いはらってくれるの。」
「ほえるだけじゃ ないのよね。」と、バーバラ。
「そうそう、ものすごい うなり声を あげるのよ!」 ビバリーも 言った。
「すごいわ。」と、アナベル。
「その上、シュンバは 映画にも 出てるし。『ジャングル・キング』にね。」と、バーバラ。
「ええ。ケンが その 映画を 見に 連れて行ってくれたけど、面白かったわ。」 ビバリーも 言った。
「ところで、ケンは いつ 来るの?」 ケイラが たずねた。
「明日よ。人間の お昼ご飯が 終わったころに 来ることに なってるわ。2時15分くらいかしらね。この前は、アンジェラが 彼を 連れて、あの 大きな 滝に 行ったわね。あそこなら、子ライオンの シュンバが ものすごく 安く 買えるらしいのよ。」
「へぇ~。じゃ、行きましょ。」 バーバラ・ヒルズが 言った。
「言うのは 簡単だけど、実際に やるのは むずかしいわよ。人間の 女の子が あなたを スーツケースに 入れて 連れて行ってくれることに しない限りはね。アンジェラは、クマの ブルーノを 連れ歩いたりするわ。」と ビバリー。
「じゃあ、何が 問題なの?」 バーバラが たずねた。
「あなたは、『だっこされる』 タイプの 人形かしら?」と、ビバリー。
「そうは 言えないわね。」と バーバラ。「私達は みんな・・・って 言うか、私達 二人は、『着せ替え』タイプの 人形だもの。服は 何千回でも 変えてもらえるんだけれどね。」
「まあ、それは どうでも いいわ。最悪の 場合には、ケンに 連れて行ってもらえば いいもの。そうすれば、すぐに 着くわ。」と、ビバリーが 言った。
ケイラは あきれた 顔で 言った。「そうね、彼の 神風運転なら あっという間よね。」
「どう 思う、ノウジー?」 この 興奮から 取り残されている 犬の 友達の ことを 少々 気づかいながら、アナベルが 言った。
「どうだろうな。つまり、何の ことに ついてだい?」 ノウジーが ぼそっと 言った。
「どんな タイプかって ことよ。つまり、あなたは、子供達が ベッドや 旅行に 連れて行きたがるような、だっこされる タイプかってこと。」
ノウジーは 気難しそうに 言った。「そうは 思わないな。ぼくは 普通、他の たくさんの ノウジー達と いっしょに たなの 上に 置かれたままだし。サンタクロースの 帽子を かぶった ノウジーや、テキサスレンジャーの 格好をした ノウジーや、サングラスを かけて 野球帽を かぶった ラップ風の ノウジーなんかね。」
「それなら、ずいぶん 関心を もらってるじゃないの。たなの 上に いるなんてね。私や ビバリーなんかより、ずっと 注目されてるわ。」 バーバラ・ヒルズが 言った。
「それは きっと、私達が 立てないからよ。何かに 立てかけるとしても、大変だもの。」と ビバリー。
「それは、足が すごく 長くて やせてて、頭が 大き過ぎる せいよ。バランスが 悪いんだわ。」と ケイラ。
「まあまあ・・・。ぼくが 言いたいのは、個人的に あまり 関心を もらわないって ことだよ。」と ノウジー。
「今 いる ノウジーは あなただけで よかったわ。」と アナベル。「私達の うちの 大勢を チャリティーで あげてしまってからはね。何て 言うんだっけ?」
「バザーよ。」 ケイラが きっぱりとした 口調で 答えた。
「そうそう。」と アナベル。
「だけど、たくさんの 友達が いなくなっちゃったな。つまりさ、他の 犬達の ことだよ。」と ノウジー。
「あなたには まだ、ディギティーダーグ(かっこいい 犬という 意味)が いるじゃない。」 バーバラ・ヒルズが 言った。
「まあね。だけど、やつは 出かけてばかりで、ほとんど うちに いないよ。」
「それは そうと、シュンバが 来ることを、どう 思ってるのよ、ノウジー? すごいと 思わない?」と アナベル。
ノウジーは ちょっと ふくれっ面気味に、ゆっくりと 頭を 横に 振った。そして、またもや 空の お皿を ペロッと なめた。
「どうしたのよ、ノウジー?」 ケイラが 心配そうに たずねた。
ノウジーは 深く 息を すいこむと、ブラインドの すき間から 差しこんでくる 夕日の 明かりを 考え深く 見つめた。
ノウジーは せきばらいを して、話し始めた。「ぼくが 思うに・・・。例の 『すばらしい』 シュンバについては、いくつか 知っておくべき ことが ある。・・・」
「みんな、元気?」
アンジェラの 陽気な あいさつで、静けさは 破られた。
「みんな、どこ?」
ふとんを めくると、アンジェラは ベッドの かげに 向かって 言った。「ケイラ! 一体 こんな 所で、何を してるの? いつもは ドールハウスに いるじゃない?」
ケイラは そうっと 辺りを 見回した。「もう 来た?」
「だれが?」
「シュンバよ。」
「あ~、ええ。シュンバを 新しい 遊び仲間に 紹介しようと 思ってたのに。お茶の 用意が できてないわね。ヒルズ姉妹の アパートは 散らかってるし、ドールハウスも 空だわ。一体 どうしたの?」
ケイラは そわそわしながら せきばらいを すると、きれいに マニキュアが ぬられた つめを かんだ。
「何か こまった ことでも あるの?」 アンジェラが たずねた。
「あ、いや・・・。ただ、その、私達・・・。」 ケイラは 言葉を つまらせた。
その時、ドリスと プリシラも、期待した 表情で 部屋に 入って来た。
「暖かい 歓迎は どうなったの?」 ドリスが たずねた。
アンジェラは 肩を すくめた。「全く、訳が 分かんないわ。アナベルと 他の みんなも、かくれてるみたいよ。」
「人間達が 来たわ。」 たなの 上に ある 靴箱の 中から 外を のぞきながら、アナベルが バーバラと ビバリーに そうっと ささやいた。
「シュンバは、連れてきた?」 バーバラが たずねた。
「そのようね。ビニール袋に 入ってるわ。」 ビバリーが 言った。
「女の子達が 袋を 開けませんように。さもないと、私達は ボロ布同然に されてしまうわ。」
「それは、あなたの ことでしょ。私達・・・つまり、私と ビバリーは、ビニールで できてるのよ。ケイラと 同じにね。」
「ところで、シュンバは 何で できてるの?」 バーバラが たずねた。
「分からないわ。おそらくは ブルーノと 同じよ。毛羽立った ベージュの 布か 何かじゃ ないかしら。」と アナベル。
「じゃあ 私達、何を そんなに こわがってるのよ?」 ビバリーが 言った。
「だって、シュンバは ビニールだって 食べちゃうらしいわよ!」 アナベルが なげきながら 言いました。
バーバラが 指を 口に あてて 言いました。「シーッ! 大声を あげないで。」
突然 靴箱が ゆれると、アンジェラの 顔が こわばった 人形達の 上に ヌッと 現れた。
「あなた達、一体 ここで 何を しているのよ? 新しい 仲間が 来たって、知ってるでしょ?」
アナベルと バーバラと ビバリーは、不安そうに うなずいた。
「じゃあ 少なくとも、彼には くつろいだ 気持ちに させてあげてよね。ところで、ノウジーは どこかしら?」
人形達は 顔を 見合わせて、肩を すくめた。
「まあ、いいわ。」 アンジェラは ぶっきらぼうに そう 言うと、3人の 人形を 集めて ベッドの 上の ケイラの となりに 並べた。「ノウジーが いても いなくても、新しい 仲間のために、ささやかな 歓迎パーティーを 始めるわよ。」
ドリスは お茶の 用意を し、プリシラは アンジェラに はさみを 渡した。アンジェラは、しきりに 外に 出たがっている シュンバの 入った ビニール袋を 切って 開けた。すると、ベッドに すわっている 人形達は こわばって、たがいに しがみつき合った。
ドリスが 言った。「一体 どうしたのよ? 昨夜 プリシラと 私が、アンジェラが 子ライオンの シュンバを 連れて来るって 言った 時は、みんな わくわくしてたじゃない。」
「それは そうなんだけど・・・。」 そう 言いかけると、アンジェラが シュンバを ベッドの 上に 置いたので、アナベルは 悲鳴を あげた。
シュンバは 空気の においを かぐと、用心深く 身を ふせた。
「おそいかかってくるわ。」 ケイラが 金切り声を あげた。
アンジェラが 言った。「そんなこと しないわよ。ただ、あなた達が 何で そんなに こわがってるのか、分からないのよ。」
「何て ひどい 歓迎の 仕方かしら。きっと シュンバは 居心地悪く 感じてるわ。」 プリシラが 言った。
バーバラが 言った。「私達に どうしろって 言うのよ? 生きたまま 食べられてしまう ほうが、よっぽど ひどい 気分だわ。」
シュンバは 落ち着いてくると、ベッドの 上に 転がって、4人の 人形達に ほほえんだ。ドリスが 言った。「一体 どうして そんなことを 言うのよ? 見てごらんなさい。彼は ただ、友達に なりたいだけよ。」
「そうね、おとなしそうだわ。でも、私達が 寝静まったころ、私達は 彼の 夜食に なるんだわ。」 ビバリーが 言った。
「ひどいわ。一体全体、だれの 入れ知恵なの?」 アンジェラが たずねた。
「ノウジーよ。彼が そう 言っていたの・・・。」 バーバラが 話し始めた。
「ノウジー? 一体 彼は どこへ 行ったのよ?」 プリシラが 口を はさんだ。
「まあ。私、ノウジーが いない ことにさえ、気が つかなかったわ。」と ドリス。
「それが 問題なのよ。」 ビバリーが 小声で 言った。
プリシラが 言った。「ブルーノに あいさつしに 下に 行ったのかしら。あの 二匹は 仲が いいから。それか、ディギティーダーグと 出かけたのかも。」
「ところで、ノウジーが 何て 言ったの?」 アンジェラが 問いつめた。
バーバラと ビバリーと ケイラは、アナベルが 説明するものだと 思って 彼女の 方を 見た。
「ノ、ノウジーが・・・、え~っと・・・シュ、シュンバは すごく 意地悪で、私達に おそいかかってきて、夜の間に 食べちゃうぞとか、そんな ことを 言ったのよ。」
アンジェラは 大またで 部屋の 入口の 方に 歩いて行くと、部屋の 外に 出て、1階に 向かって どなった。「ノウジー! 今すぐ、出て来なさい!」
返事は なかった。
「出て来ないと、今夜は 骨を あげないわよ!」
すると、そばの リネン用の 戸だなの 中から クンクンいう 声が 聞こえてきた。戸だなの 扉が ギ~ッと 開くと、悲しげな 子犬が アンジェラを 見上げている。
「一体 これは、どういう ことなの? シュンバについて、みんなが こわがるような 話を するなんて。こっちへ 出て来なさい。」
「・・・という ことだったんだ。」 アンジェラと ドリスと プリシラと 4人の 人形と、とまどっている シュンバに 囲まれて、ノウジーは はずかしそうに 言った。
「みんなが 『シュンバはね』、『シュンバはね』って、すごい 映画にも 出たとか、ちやほやするから、焼きもちを 焼いちゃったんだよ。」
プリシラが まじめな 表情で 言った。「ねえ、ノウジー。あなたは すごい 映画に 出たりとかは してないけど、コーヒーカップや 誕生カードに 出てるのよ。」
ドリスも 言った。「それに、世界中の 子供達は あなたが 大好きよ。みんなを 笑わせてくれるじゃない。子供達は あなたのことを こわがっても いないし。」
「ぼくよりも、ずっと すごいじゃ ないか。」 シュンバが ニヤリと 笑いながら つぶやいた。
「それに、あなたには もっと たくさんの 経験が あるわ。だって、あなたは もう、少なくとも 50年は 存在しているもの。」 アンジェラも 言った。
「それなのに、ちっとも 年を 取ってないなんてね。」と バーバラ。
「そうよ。他の たくさんの 犬と ちがってね。」と ビバリー。
「ふつうだったら、とっくに お払い箱だものね。」 ケイラも 言った。
「じゃあ、みんなに あやまるのね。それから、ブルーノが 来たら、シュンバの 初めての 夜のために 祈りましょうか。」と アンジェラが 言った。
「賛成!」 みんなが いっせいに 言った。
さて、ノウジーと シュンバが まもなく 親友に なった ことを 聞けば、みんなも 喜んでくれるだろう。シュンバは ノウジーに ライオン式の 狩りの 仕方を 教え、ノウジーは シュンバに 骨の かくし方を 教えたんだよ。
そして、人形の アナベルと バーバラと ビバリーと ケイラは みんな、もっと ノウジーの ことを 感謝することを 学んだ。そして、ノウジーの 前で 他の 者の 良い 所を 話す 時は、もっと 気を つかって、彼の ことも 大好きだよって 安心させてあげる ことを 学んだんだ。
そして ノウジーは、他の 者達が 賞賛されていても、焼きもちを 焼かない ことを 学んだよ。