ロバの 話
ぼくの 主人は 店先に ぼくを つなぐと、必要な 物を 買うために、中に 入っていった。そばには、もう 1頭の ロバが つながれていた。彼は うとうと しているようだ。
「やぁ、こんにちは。」 ぼくは 声を かけた。
その ロバは 片目を 開けて 言った。「ああ、君の ご主人も、旅の 必需品を 買っているんだね。」
ぼくの 主人が 何のために 店の 中に 入って行ったかなんて、ぼくには 知る 由も ない。だから、ぼくは そう 言った。
「いや、そうじゃ ないかなと 思っただけさ。」 彼は 眠そうに 言った。「だって、町の 大半が ぼくの 主人の 店に 立ち寄ったみたいだから、きっと 残りの 人たちも すぐに 来るだろうと 思ったんだ。」
「どうして そんなこと、わかるんだい?」
「町中の 人たちが、税金を 支払うために 自分の 故郷の 町へ 行かなければならないって 話しているからだよ。ぼくの 主人は、旅の 必需品が 売れて、商売が 繁盛しているんだ。」 彼は そう 答えた。
カポッ、カポッ! カポッ、カポッ! 石地を かける ひづめの 音で、ぼくの 耳が ピンと 立った。見回りの ローマ兵が 近づいてくる。店の ロバは 目を 閉じて、その 音を 無視した。だが ぼくは、耳を ピンと 立てて、辺りの 様子を じっと うかがった。そう言えば、われわれの 土地を ローマの 支配から 解放してくれる 偉大な 王が 来られる、と 男の 人たちが 言うのを、何度も 耳に したなあ。この 王は、堂々とした 見事な 軍馬に 乗り、兵隊を 従えて やってくるそうな。
ぼくは、兵隊を 乗せることを 夢見ていた。だけど、飼葉おけに 入った 水に 映る、耳の 長い 自分の 姿を 一目 見ただけで、自分は ただの いやしい ロバに すぎないと 気づく。もし この 偉大な 王の 行進に 加われると するなら、ぼくは 列の 一番 最後の、荷物を たくさん 積んだ 重い 荷馬車を 引くことに なるだろう。
「その 馬たちは、どこから 来るんだろう?」と、ぼくは つぶやいた。「その 馬たちは みんな、兵隊を 乗せて ローマから やって来たんだと 思うかい?」
「おそらくね。」 店の ロバは、ぼそっと 答えた。
「ローマかぁ! すごい 冒険だろうなあ! ぼくは、ナザレを 出たことさえ ないんだ。ぼくの することと いったら、荷物を 運んだり、主人が 作る 木製品を たくさん 積んだ 古い 荷車を 引くことだけだものね。」
「だけど、もし 君の ご主人が 税金を 払うために どこかに 行かなくちゃ いけないなら、今度は 多少 旅が できると 思うよ。」
次の 日の 朝早く、ぼくの 主人は 馬屋に 来て、ぼくの 背中に 毛布を かけ、奥さんの 待つ 家の 前に 連れて行った。彼女は やさしく ぼくの 頭を なでた。「ロバさん、ありがとう。」 主人と 奥さんは、いつも ぼくに 親切だった。だけど、今 彼女は、何の お礼を 言っているんだろう?
主人は 奥さんを ぼくの 背中に 上げると、ぼくの 両側に いくつか 袋を 下げた。そして ぼくの 手綱を 取って、歩き始めた。彼女は 身重で 出産間近だったけど、彼女と 彼らの 荷物を 合わせても、ふだん ぼくが 運んでいる 材木の 荷に 比べれば、軽いもんだった。
町の 壁を 通り過ぎたころ、ぼくは、今までに 行ったことの ない 遠くに 行くんだと 気づいた。ぼくは 最高の 気分だった。
ぼくたちの 目的地である ベツレヘムへは、数日も かかった。ぼくたちは 長旅で つかれ切っていて、主人は とまる ところを 見つけようと していた。ぼくは たっぷりと 食べて、ゆっくりと 休めるのを 待ち望んでいた。だけど、物事は そう うまくは 行かなかった。
「すまないが、部屋は ないよ。」 宿屋の 主人は そう 言って、とびらを 閉めた。
「できる ことは 何も ないね。うちの 宿は 満員なんだ。」 もう 1軒の 宿屋の 主人も、ぼくの 主人に とまれる 場所は ないかと 聞かれて、そう 答えた。
「ほかを 当たっては どうだい。ここには 空き部屋なんか ないからね。」
「無理だね。もう すでに とまり客が い過ぎるくらいなのが、見えんのかい?」 なかには、とても 無礼な 宿屋の 主人も いて、ぼくたちの 面前で とびらを バタンと 閉めたり、失せろと どなる 人も いた。
とうとう、ある 宿屋の 主人が、ぼくの 主人の 奥さんを 見て、気の毒に 思った。「あ~・・・う~ん。そうだなあ・・・。とまれそうな 場所が あるかも。」 その 男の 人は 言った。「部屋では ないのだが・・・。案内しましょう。」 そう 言うと、彼は ぼくたちを、宿屋の 裏のほうに ある、馬屋に 案内した。
ぼくは ロバだから、そういう 場所で 構わない。結局のところ、主人と 奥さんが 宿の 部屋に とまったと しても、ぼくは 馬屋に とまる わけだからね。だけど、彼らが 馬屋に とまるなんて、考えた ことも なかったよ!
そのころまでには、二人は つかれ切っていたので、とまれる ものなら、そこでも 構わないと 答えた。「ご親切に ありがとうございます。」 ぼくの 主人は、おどろいている 宿屋の 主人に 礼を 言った。「馬屋でも、いっこうに 構いません。」
宿屋の おかみさんは、ぼくたちが とまれるように 場所を 整えてくれた。 「さあ、おあがり。」 そう 言うと、ぼくの 前にも わらを ひと山 積んでくれた。だけど、ぼくは ほとんど 食べなかった。あまりにも つかれていて、すぐに 眠ってしまったんだ。
生まれたばかりの 赤んぼうの 泣き声と 物音で、ぼくは 目を 覚ました。馬屋は、人で いっぱいだった。宿屋の 主人と おかみさん、それに 羊飼いたちと、その 羊まで いた。
「一体 何が 起きているんだろう?」 ぼくは、ぼうっと しながら つぶやいた。「なんで、この 人たちが ここに いるんだ? 彼らも 宿屋に 場所が なくて、馬屋に 来たのかな?」
「いいえ。」 め牛が 答えた。「この 羊飼いたちは、村の すぐ 外の 丘で、天使が 空に 現れるのを 見たの!」
そばにいる 子羊も、メーメーと 鳴いて 言った。「とても きれいだったよ。天使が 空いっぱいに いたんだ。」
お母さん羊も 付け加えた。「みんな、歌いながら 神を 賛美していたわ。その 天使が、赤ちゃんの いる 場所を 教えてくれたの。その 子は 救い主、主キリストで、わたしたちは、それを 知る 最初の 者として 選ばれたんですって!」
「救い主が わたしたちの 馬屋で 生まれたなんて、とても 光栄だわ。」 め牛が 言った。そこに 住んでいる ほかの 動物たちも、みな うなずいた。
「赤ちゃん、何て かわいいのかしら!」 垂木に とまっている ハトも、下を 見下ろしながら クークーと 鳴いた。
「宿屋の おかみさんも、お母さんの お手伝いを してくれたのよ。」 め牛が 話の 一部始終を 説明し続けた。「おかみさんは 羊飼いたちの 話を 聞くと、すぐに ご主人を 呼びに 行ったの。こんな 夜に ここに いられるなんて、ものすごい 特権ですもの!」
まわりを 見渡し、みんなの 話を 聞いていて、ぼくは、自分も ものすごい 名誉を 与えられていた ことに 気が ついた。ぼくは、はるばる ナザレから、その 赤ちゃんと お母さんを 乗せてきたんだもの! ぼくみたいな いやしい ロバが、偉大な 王、救い主を 乗せてきたなんてね!
ぼくは 長い 年月の 間、ヨセフと マリヤと その子 イエスを、幸せな 気持ちで 運んだ。ぼくは ただの ロバで、何の 取り柄も なかったけど、実際は、ローマから はるばる やってくるような 最高に 立派な 馬よりも、ずっと 重大で 大切な、二つとない すばらしい 運命を 担っていたんだ。
こちらは、ぼくの 友だちだよ。
この 33年後に、彼は イエス様を エルサレムに 乗せて行ったんだ。偉大な 王として ほまれを 受けるためにね!